◆事務局長の独り言 日本生協連指導部時代の経験

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数えてみたら、36年前の話。

日本生協連・指導部の職域生協担当だった時、地域化しか生きる道はないとまで言われていた職域生協。
エネルギー変換で隆盛を誇った炭鉱生協も次から次となくなり、地域生協が1970年代から大学生協出身者による市民生協が次から次と産まれてきた時代背景で、日本生協連の主力であった職域生協も゛数が減少していた時代。
現在は更に減少しているようだ。
当時、日本生協連の中でもその存在を薄くしていた職域生協。指導部に異動した新人が1年交代で職域生協の担当になっていた。
私の前任が2年間担当になり、また、指導部で産業総合研究所(産総研)に委託して検討した答申書は、職域生協の地域化しか生きる道は無いというもの。
言うなればその推進をせよというのが命題。

私は元来のへそ曲がり。
見込みが無いと言われれば可能性を探りたくなった。
そこで、その前職が人事教育部人事教育課長だったこともあり、職域生協の担当者教育から始めた。
また、トップを集めた研修会も゛始めた。
更に、そんな職域生協も入り込むと様々な横のつながりがあることがわかった。
その中でも特に大きな組織として都県庁生協の協議会や市レベルの交流組織があった。
組織の構成員は職場の役職員。
そこで踏み込んで見ると、様々な活動を行っていた。
官庁や会社組織なりの福利厚生の物販や食堂、その他の取り組みなど様々だった。
ある面では、地域生協よりも様々何取り組みを行っていた。
食堂事業を担っている職域生協もあり、事業高も大きい。
しかし、多くは近代化が遅れていた。
そこで、大学生協連、事業連の食堂事業の助けを頂き「食堂事業研究会」
を立ち上げた。
千葉県庁生協では、県庁職組や県庁の影響力も大きく、経営改善の取組みを補佐することを始め、泊まり込みの勉強会も行った。
スズキ自動車本社工場食堂、トヨタ自動車グループの食堂事業を担っていた刈谷生協、トヨタ発祥のトヨタ自動織機など様々な食堂事業の食材や料理法の改善、運営の改善、食堂のカフェテリア化などに力を注いだ。
その中でも一番大きなトヨタ生協が行っている冠婚葬祭事業に学び、浅草の葬儀会社とも、その主催する学習会などにも通った。
アメリカ大使館員(日本人の稲葉さん)の講演を聞き、日本の高齢化社会と当時は80万人段階だった死亡者数が第一次団塊の世代の頃には200万人レベルになるなど葬儀マーケットは大きくなることを学び、同時に、葬儀の在り方にも変化が現れることを予測し、多くの職場の組合員を擁する職域生協の将来事業として注目しました。

次の資料はそんな36年も昔の話だが、日本の高齢化や団塊の世代の高齢化やその先に少子化などさまざまなことを学びました。
コロナ禍で促進された家庭葬、葬儀の規模縮小、墓じまいなどの今日を予測する様な事が起き始めた時代でもあったと改めて思います。

資料:トレンド情報(日本生協連・職域生協ニュース 掲載)
講演 『高齢化社会と「葬儀」マーケット』
1989年9月11日(月) 浅草ビューホテルにて
稲葉 厚 氏 (アメリカ大使館商務官)

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トレンド情報(日本生協連・職域生協ニュース 掲載)


講演 『高齢化社会と「葬儀」マーケット』
1989年9月11日(月) 浅草ビューホテルにて

稲葉 厚 氏 (アメリカ大使館商務官)

フランクリン・ルーズベルト大統領(1932〜40年 ニューディール政策の推進)が、今後の50年先にどんなものが出てくるかというアンケートをとった。
その中には、テレビ、プラスチック、ジェット機が予想されていない。
たかだか50年前でそんな状態である。その意味で将来を予想するのは難しいものです。しかし、必ず的中する予想があります。それは年齢です。
その意味で、葬儀業界の需要は予想がされるものです。
バトラーは次のように述べています。
人類の寿命が18歳から47歳に伸びるのに5千年かかった。
48歳から76歳になるのに85年しかかっていない。
5000年間÷(47-18) 歳= 5000÷29-=172年間/1歳
85 年間÷(76-48)歳=85÷28=3年間/1歳

調べてみますと、
50万年前の北京原人の寿命は平均13歳。
10万年前のネアンデルタール人は 平均14歳。
1歳伸びるのに実に40万年かかっている。
日本人は室町時代の平均寿命は17歳。江戸時代は20歳
明治中期は、30歳、大正時代は、40歳、昭和20年代、50歳
織田信長で有名な人生50年というのは、元服をした後の人たちの寿命です。
つまり、この時代の赤子の死亡率が極めて高く、コロコロ死んでいる。
明治時代にコレラで37万人が亡くなったことがあります。
これは、日清、日露戦争の戦死者よりも多い。
現在の日本は、平均寿命が80歳代である。今後、老人がどんどん増えてゆく。

私は、仕事上で良くアメリカに行きますが、ニューヨークの国連ビルにはおもしろいモノサシが表示してあります。
このモノサシは、65歳以上高齢者の割合が、7%から14%になるに要した年数を示しています。
( 26年間) 日本
( 45年間) 西ドイツ、イギリス
( 75年間) アメリカ
( 85年間) スエーデン
(165年間) フランス
さて、この様な知識をもとに、さらに、葬祭事業に関することに触れてみましょう。
現在の日本は、年間75万人が亡くなっております。
後、6年たちますと、90万人を越えます。
そして、2020年(30年後)には、165万人となります。
2019年の出生数は 86 万 4000 人、出生率(人口選対)は 7.0 と推計される。 死亡数は 137 万 6000 人、死亡率(人口千対)は 11.1 と推計される。
2020年の死亡数は、コロナ蔓延防止の結果、11年ぶりに国内の死亡数は前年を下回る可能性がある。
同統計の速報値によると、1〜10月の死亡数は全国で113万2904人。前年同期は114万7219人で、1万4315人(1.2%)少ない。
死亡数が減少した原因は、同省が5カ月遅れで公表する死因別の死亡数(概数)で推測できる。死因とされた病名などのうち、公表済みの1〜7月分で最も減少したのは、新型コロナや誤嚥(ごえん)性を除く肺炎で、前年より9137人(16.1%)減少し、4万7680人だった。インフルエンザは2289人(71.1%)減って932人にとどまった。                          2021年2月18日加筆

この、165万人を越える状況というのは、『死』というものが日常性を帯びて参ります。
つまり、死がタブーではなく、オープンなものになることでしょう。
時代のキーワードになっているでしょう。
『死』というものが、オープンになるということは、『死』が恐い存在ではなくなるということであります。そのような状態が必ず来ると考えられます。
日経マネーという本で、邱永漢が次のように述べている文書が掲載されていました。
「私はいつ死ぬかを決めた。後12年だ。平均寿命の76歳から現在の65歳を差し引くと11年。それに1年おまけをして77歳までだ。」
冗談ということかも知れないが、このようなことがポピュラーに言える時代が確実に来ている。
元来、日本人は『死』を直視できない民族である。今後は自分の『死』を直視できる人たちが増えてくるでしょう。
このような時代においては、日本人は自分の墓、棺、骨壺(箱)を自分で決めるようになるでしょう。
ここで一つの事例があります。ある中小企業社長の55歳の男性。
彼は、昔借金をずいぶんした。なかには相当いわく有りげな金も借りました。
しかし、今は彼の会社は順調に発展をしているように思われていた。
ところが、ある時「身体がだるい」といって病院に行ったが、そのまま入院して2週間後にガンで死んでしまった。
その直後から、親戚や知人、あるいは、家族も知らない人、あるいは明らかにそれらしい人たちが押し寄せてきて、借金を返してもらっていないと言って来た。
それにより、残された家族にはなにも残らないばかりか借金が残ってしまった。
ここで、もし本人にガンであることともう残りわずかであることを伝えることができ、本人もそのことを受け入れることができたとしたら、展開はもう少し変化したかもしれない。あるいは、彼が、自分の死ぬことが突然来るかも知れないことを想定し、それに対する準備をしていれば事態はもう少し変わったかも知れない。
さて、日本人は現在タブーである「死」を直視することが可能であろうか?
さて、皆さん、ここで、日本人は新しい環境に適応する能力に優れていることを理解していただきたい。
世界の国々は、農業が定着してから国が成立するまでに3,000〜3,500年を経過している。しかし、日本は、わずか600年である。
707年に「鍋」が日本で発見されてから、わずか、40年後の747年に当時の世界で一番大きな奈良の大仏を建立しています。
1543年に「鉄砲=種子島」が日本に渡来して、わずか40年後の1583年の織田信長の長篠の戦いで3,000丁の鉄砲が準備されていた。
当時のヨーロッパの一つの国で鉄砲が3,000丁も所有してところは存在しなかった。
ジーメンスが1880年に開発した電車が、京都で1890年に既に走っている。
このように日本人は対応力に優れており、この面から見て、「死」に対する対応力を発揮するであろう。
オイルショックは、日本の経済を壊滅させると言われました。
しかし、結果はその状況をも克服してしまった。
戦後、ドルは360円→308円→280円→220円→180円→150円→115円→(現在140円前)と変化してきました。
私自身、日本の経済は220円が限界だと予想をしました 。
これは、当時の日本の製品生産コストとアメリカのコストを比較しての分岐点が220円だったためにそう考えたのですが、その後の展開は皆さんが御存じのように、徹底したコストの削減を実現し乗り切ってしまった 。
その後、内需、輸出、輸入のバランスをとって経済を引き続き発展させている。
現在、日本は5%の経済成長をしているが、この5%というのは韓国一国の経済に相当し、今急成長をしている韓国を新たに生み出しているのと同じ経済力です。
明治1年から現在まで日本は平均してNET3%の経済成長をしてきました。
世界的には、1%を10年続けたら大変なことである。
それが3%を100年続けてきたのである。
すさまじいの一語につきることです。
このまま、21世紀まで成長を続けたら大変なことになるでしょう。
現在、真夜中の12時に40万人が働いています。
この時間に使う電力消費料は昭和40年の真昼の消費料の4倍である。
しかし、この点はアメリカの1/2である。

話を骨壺、棺のマーケットの話に戻しましょう。
アメリカは、骨壺、棺を生前に予約することがポピュラーになっています。
しかし、これも単なる国情の違い、宗教の違いというだけではなく、そのようになるための教育がされてきたのです。
その教育とは次の三つです。
@Death Education死との対面教育(死に対しての心構え教育)
AGrief Education悲しみを乗り越える(そのためになすべきことを学ぶ)教育
BPre-widow Education 連れ合いの死後の未亡人のあり方教育であります。

@のDeath Education は、自分の死んだ後のことを準備するための教育である。
日本では、自分の葬儀、あるいは生きているうちにそのことを話すことはタブー視している。
この教育が浸透していった暁には、葬儀をタブー視することによって成り立ってきた日本の葬儀業界は、その体質を変えていかないと、タブー視からオープン視する対抗力にかならず根ぎもっていかれるでしょう。
今までの新しい業態はどんなことから出てきたかをか考えてみると良くわかると思います。
警察に対する不信感、不充分感から警備保証会社。郵便、国鉄貨物、既存の運送会社の不便さ、不充分さから宅配便既存のものに対する不満感や不充分感から対抗力が発生する。
A Grief Education は、配偶者、子供の死に出合うことが一番悲しいという事実にたいしてそれを乗り越えていくことを教育していく。
B Pre-widow Educationは、男と女の平均寿命の違い(男75歳、女81歳)を認識し、強い女はよいが、弱い女に対する男が生きている間に心構えを教育していく。
このような教育が施されていくと日常性のなかで「死」がテーマとなり、「死」に対する感性がみがかれる。
「死」をみつめることにより、「生」に対する価値に目覚める。
「死」に対してオシャレになる。
こんな「骨壺」、こんな「棺」といった欲求が深まるだろう。
「死」「死を告知する」「宗教」に対するタブーが、死亡者75万人から165万人になることにより、タブーではなくならざるを得なくなる。
「死」とは本当に恐いものか?

ここで私の経験話をいたします。
死にかけたというか、ほとんど死んだ経験といいますかそんなことです。
私が、20年前に大洋漁業にいた頃、香港のアバディーンにシーフードを食べに行くために車を運転していて、運転を誤りフィッシュポンド(養殖池)に落ちた。車の中に水が入ってきて呼吸が出来なくなってきた。
その時、意外と落ち着いたものであった。
車のなかで、なんとか外に出ようと窓の開閉用のハンドルを手さぐりで探したが見つからない。
そうしたら、このまま死んでしまうのかと思ったら、今までのことが走馬灯のように頭をかけめぐってきた。
その時、思ったことは「死」を恐いと思うよりも、「しまった!」ということであり、さらに、「残念だ!」ということであります。
そして、あまり動くと苦しくなると思い、おとなしくしたら、足元を水が流れているのを感じて、そっちの方に進むとドアが開いていて外に出ることが出来た。
「死」に対する「恐さ」より「残念だ!」という意識。
「生」をより充実しておきたかっという意識であり、それ以来、人生は一度だということで一念発起した。

大洋漁業を退社し、勉強を死直し、その後は現在までの活動をしていますが、特に、福祉の問題とともに、「死」に対するタブーを除く教育に取り組んできた。
死後の世界はあるかという議論は昔からされてきた。
ゲーテは、「死」とは、落日みたいなものだ。
我々には見えなくなるが、向う側(来世)からは見える。と言っている。
パスカルは、「死後の世界はあるかどうか」は、賭みたいなものだ。
有ったとしたら困ると思うなら、準備をしておいたら良いだろう。
つまり、あると思った方が良いのではないか。
仏教においては「死」により来世への生まれ変わりが説かれる。
輪廻(リンネ)、車輪が回転して止まらないように、人間は前世、現世、来世の三世(サンゼ)に渡って「死」と「再生」を繰り返すというインド古来からの考え方。
往生(オウジョウ) 弥陀の極楽浄土に生まれること。
キリスト教においては、死によって永遠の命が与えられる。
死は最終の現象ではない。
一つの過程にすぎない。

このように、仏教であろうと、キリスト教であろうと「死」に対する考え方に共通性をもっていると思います。
しかし、キリスト教の国においては、大きな病院にはチャペルが有り、牧師(神父)がいて、医者、看護婦とともに患者を世話している。
日本において、宗教的にどうなるかは別にして、やがて、そのようなことが起きてくるのではないだろうか?
ホスピス:【語源的には、中世ヨーロッパにおいての修道院などの旅人用宿泊施設】 安楽死、自然死問題とも関連し、死期の遠くない患者を入院させ、延命医術を用いず、病苦をやわらげ、起床、面会を自由にし、慰安の工夫をした施設。
イギリスやアメリカには多く設けられてきたが、日本にも神戸市、愛知・静岡県内でスタートしているがまだまだ少ない。
アメリカ 1800ヵ所
イギリス 100ヵ所
日本 10ヵ所
一方、アメリカでは、最近の傾向としては、「死」を家で迎える人たちが増えてきている。
これは、アメリカの医療制度の性格にもよるところが大きい。
アメリカでは、医者は病院から独立しており、医者と病院は契約関係となっており、病人と医者との繋がりに、病院は設備と場所の提供という関係になっている。
つまり、医療費の47%を施設利用料となる現実である。医療費は22%である。
家庭をホスピス化するためのホームケアエージェンシーが出来ている。
日本の医療費は現在18兆円である。
通産省の予想では、1990年 22兆円、1995年 31兆円、2000年 42兆円。
アメリカでは、医療費が75兆円になってしまった。
その中で、医療保険の仕組みの中で、医者は不要、不急の手術を行うようになっている。
アメリカでは、年間 1500万件の手術が行われているが、450万件が不必要。
300万件が必要。
750万件がその中間だと言われている。
これは、日本の薬漬けと共通である。
このような事態にたいして、大きな考え方の変化が起きてきている。
1977年 ジョージ・マッカバン・レポートにより、『過去、300年間生命は地球より重いとの考え方から一分一秒永らえさせることが善だとしてきた。今後は、病気にならないようにすることが善である。』として、「適者生存、不適者不生存」の弱肉強食の考えが導入された。
一人一人が健康に気を配っていくことが安上がりの社会であるとする考え方に大きく変化してきた。
全体として、従来のものの見方や考え方が通用しなくなって来ている。

今日はここまでにしておきたいと思います、どうも、ありがとうございました。
以上
9月11日〜12日に株式会社萩原の葬儀関係の展示会で業界関係者の啓蒙のために行いました講演会での講演を取材したものです。
株式会社萩原の好意のより掲載させていただきました。

講演者のプロフィール
昭和12年 静岡県伊東市生まれ
昭和36年北海道大学卒業後、大洋漁業入社
昭和39年  アメリカ国務省の全額支給奨学金を取得し、ハワイ大学大学院に留学。
昭和45年アメリカ国務省に入省
昭和55年アメリカ商務省に移籍
●在宅医療福祉協会顧問
●「ホームヘルスケア」を初めて日本に紹介し、主たる企業各社をアメリカに同行研修させ、入指導を行ってきた。
●著書:APPAレポートを中心に1000頁/25冊。

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