◆ 悪夢の食卓 書評紹介
鈴木宜弘 東京大学教授の「悪夢の食卓」の書評を紹介します。
@ 松原隆一郎 書評
『悪夢の食卓?TPP批准・農協解体がもたらす未来』 鈴木宣弘・著
(KADOKAWA・1404円)
TPPで切り捨てられる日本の農業
自民党で衆院TPP(環太平洋連携協定)特別委員会の?事が9月29日に「本国会で強?採決という形で実現する」と発言。TPPの承認につき党の国会運営方針をつい?らしてしまったのか、口の軽さに笑ってしまう。しかし昨年末に公表されたTPPの影響にかんする政府試算はさすがに露骨で、看過(みす)ごせない。
TPPを締結するとGDPが13・6兆円増で日本は丸儲(まるもう)け、農業の損失にしても1300億〜2100億円程度と打ち出したのだ。2013年試算からGDPで4倍増、農業への負担は20分の1という大幅変動である。
自民党はTPPにつき当初は「絶対反対」、「聖域を守る」と国会決議。
さらに「合意は歴史的快挙」と?場を翻したのだが、客観的な根拠たるべき数字まで操作して国民を誘導し始めた。
TPP交渉を見守ってきた農業経済学の専門家が、怒りを込めてその経緯を詳述する。
著者は政府試算のカラクリをこう暴く。
TPPの直接効果だと数字を好転させようがない。そこで間接効果を添加する。農業の関税撤廃で農産物価格が仮に1割下がったとしても、頑張って生産性を1割上げよう。また「資本蓄積効果」によりGDPと同?で貯蓄・投資が増えると仮定する。輸出入拡大で生産性がさらに高まり、実質賃金も上がって、貿易手続きの簡素化から取引コストも下がるとする。農業者が失業してもすかさず技術を習得でき、自動車産業で雇ってもらえるというありえない仮定も付ける。農業者には、過去5年の所得のうち最高・最低を除く3年の平均を下回った?には政府が差額を補填(ほてん)する「ナラシ対策」を実施する。文句あるか、というのである。
それに対し著者の試算ではGDPは0・07%(0・5兆円)増、農林水産で1兆円、食品加工で1・5兆円の生産額減。なんと自動車さえ生産額減になる。どちらが正しいのか。
驚くべきことに、米国側の試算が著者を支持している。農産物の対日輸出増は4000億円で、カナダやオーストラリア、ベトナム、メキシコの対日輸出を加えると倍額にはなろう。日本側の最大2100億円のマイナスという想定は打撃を小さくみせかけるにすぎない。日本は全体としても、いや自動?産業すら得をせず、TPP締結で農業だけが切り捨てられるのだ。
日本政府は米国を喜ばせたいのか。そうではない。米国側の試算では、米国のGDP増は0・15%(4・7兆円)に止(とど)まり、製造業は生産も雇用も減る。だからこそトランプがTPP批判を唱えて喝采を浴びたのだ。では誰がTPPを求めるのか。米国側で推進に回った議員たちには巨大多国籍企業から巨額の献?が?われた。本書にもそうすっぱ抜いた報道が引用されている。
問題は経済効果に止まらない。食の安全・安心を守る基準までが変えられようとしている。それら多国籍企業は生産する遺伝子組み換え食品の表示を撤廃するべきだとし、米国側交渉者に関係者を送り込んでいる。それでも科学的に安全ならば構わないと思われるかもしれないが、関係者は米国側の安全性を認可する官庁にも忍び込んでいる。
「科学的に安全」といっても癌(がん)の発生との因果関係が特定できなかったにすぎない。つまり「想定外」が生じる余地は残されているのだが、それを不安に感じ食べないでいようとする消費者の権利さえ剥奪されようとしている。
農政に改革が必要なのは事実であろう。しかしそれは消費者の自由を満たすものでなければならない。誰のためのTPPか、今一立ち止まるべきだ
2016/10/21 今週の本棚:松原隆一郎・評
『悪夢の食卓 TPP批准・農協解体がもたらす未来』=鈴木宣弘・著 毎日新聞
http://mainichi.jp/articles/20161002/ddm/015/070/036000c
A JAcom 農業協同組合新聞 書評 2016/10/21
2016/10/21 JAcom 農業協同組合新聞 農政 ニュース詳細
http://www.jacom.or.jp/nousei/news/2016/08/16082530698
鈴木宣弘東大教授の最新著書『悪夢の食卓−TPP批准・農協解体がもたらす未来』に読者から「背筋が凍る思いだ」「政府は嘘とごまかしで政策を遂行していくのか、信じたくない」といった声が著者に寄せられているという。
10月20日に東京・駿河台の明治大学で開催された「TPPを批准させない!全国共同行動キックオフ集会」の会場でも関連図書のひとつとして販売されたが、集会終了時には売り切れとなるほど好評だ。
本書は、
第1章「TPPの真実−隠された11の嘘」、
第2章「食?生産への真の影響が知りたい」、
第3章「苦悩する食?生産現場」、
第4章「高まる健康リスク」、
第5章「『3だけ主義』から『三方よし』へ」、で構成されている。
「TPPの真実」ではアトランタ合意とその後の政府説明などについて、歯切れ良く明快に"TPPの嘘"が指摘されている。 これまでも著者は全国で講演を行って政府の交渉の裏側を舌鋒鋭く批判しており、それをまとめた。しかし、これでもかと国民を欺き手繰る政府の手口は本当に恐ろしい。
JA関係者にとっては日本のTPP交渉参加と農協改革の背景を本書で改めて認識しておきたい。
TPP推進者や規制改革会議に連なる人々は「今だけ、金だけ、自分だけ」の3だけ追求至上主義者であり、彼らにとっては
地域の農業と生活を守り、それがゆえにTPPに反対しているJAなどの協同組合は潰してしまって市場を奪いたいのが本音。
農協改革の謳い文句は農産物の販売力強化による農家所得の向上であり、そのために単協の自由度を高めるであるが、実際にはその裏側に「JAの結集力を削いでTPP反対などを封じ込める。
JAが持つ広範なビジネスを奪う、という目的が透けてみえる」と著者は衝く。
しかし、何より競争や自由貿易が経済的利益を最大化するなどという「経済学」が成立はせず、食料確保と国民生活を危うくするだけだと著者は強調する。
英国の協同組合つぶしが農業の疲弊を招いた指摘などもある。
世界の動きも視野に農協改革の狙いを理解する必要性や、さらに協同組合関係者はもちろん、広く市民が協同組合の重要性とそれを分断しようとする狙いを知るためにも多くの人に本書を手をとってほしい。
『悪夢の食卓−TPP批准・農協解体がもたらす未来−』
著者:鈴木宣弘・東京大学大学院教授
発行:(株)KADOKAWA 定価:本体1300円(税別)