協会正社員・賛助会員 組織のホームページ紹介(個人正社員谷口信和)
2024年5月21日2025年1月20日
目次
- 2025年1月1日 年頭所感
- 農業協同組合新聞 2024年4月23日
【解題】基本法改正は食料安保をめぐる現場での課題にどう応えようとしているのか 谷口信和東大名誉教授 - 農業協同組合新聞 2024年4月22日【2024年度研究大会】基本法改正の下 わがJAと生協はこの道を行くを開催
農業協同組合新聞 2024年4月22日【2024年度研究大会】基本法改正の下 わがJAと生協はこの道を行くを開催 - 農業協同組合新聞 2024年4月22日【2024年度研究大会】基本法改正の下 わがJAと生協はこの道を行くを開催
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農業協同組合新聞 2024年4月22日【2024年度研究大会】基本法改正の下 わがJAと生協はこの道を行くを開催
2025年1月1日 年頭所感
20250101 財政審予算建議は農政をどこに誘導しようというのか
東京大学名誉教授谷口信和
農村と都市を結ぶ20250101谷口信和「年頭所感財政審予算建議は農政をどこにゆうどうしようというのか」01_04_14 ダウンロード
20230101 求められる飼料用米政策の一貫性と持続性 ― 生産・流通現場の実態からみた課題
李 侖美・谷口信和
農村と都市を結ぶ202301
李命美・谷口信和「求められる飼料用米政策の一貫性と持続性_生産・流通現場の実態からみた課題」55_68 ダウンロード
農村と都市をむすぶ 2025 米の指数先物取引の開始をめぐって座談会 20250101NO874
農村と都市をむすぶ2025米の指数先物取引の開始をめぐって座談会20250101NO874 ダウンロード
農村と都市をむすぶ202407
_No.869PDF ダウンロード
改正基本法と食料供給困難事態対策法は食料安保を担保しうるのか谷口信和PDF ダウンロード
JAcom 農業協同組合新聞 2024年7月12日聞き手、谷口信和PDF ダウンロード
農業協同組合新聞 2024年4月23日
【解題】基本法改正は食料安保をめぐる現場での課題にどう応えようとしているのか
谷口信和東大名誉教授
農業協同組合研究会が4月20日に東京都内で開いた2024年度研究大会「基本法改正の下でわがJAと生協はこの道を行く」の解題と各報告の概要を紹介する(文責:本紙編集部)。
谷口信和 東大名誉教授
並ぶ抽象的な言葉
改正基本法の致命的な欠陥を3点挙げる。
1つ目は「食料自給率向上と積極的な備蓄論を欠いた食料安全保障論」であることだ。国内でどれだけしっかり食料を作るか、作る能力を持つかを抜きにした食料安保はあり得ない。これはイロハのイ。それから備蓄をどうするか、正面から議論をしないまま食料安保論を語れるわけがない。しかも備蓄を議論するときには、商社や穀物倉庫がどれだけ持っているかも大事だが、一軒一軒の家庭でどのように備蓄を考えていくのかを抜きに食料安保などあり得ない。
災害問題でも家庭にどれだけ備蓄をするかを前提に備蓄の議論は始まる。つまり、今回は国民的な議論を欠いているということ。当たり前の原点のところが失われていることが大きな問題だと思う。
2つ目は地産地消と耕畜連携の位置づけがほとんどないこと。こういう言葉がないまま農業の持続的発展という抽象的な言葉が並んでいる。実態のない「農業の持続的発展」となっている。
3つ目は「農業の多様な担い手」と耕作放棄地復旧や農地確保の問題について正面から捉えていないこと。将来、担い手は減っていくという認識に立っているだけでなく、では、担い手はどうするのかという理念を持つことが重要だ。
そのうえで「多様な農業者」について考えると、実は2020年3月に閣議決定した現行基本計画のなかにすでに「多様な農業者」は位置づけられていた。それから4年経ったが、何か状況が変わったのだろうか。何も検証されていない。にも関わらず今回の基本法改正で「多様な農業者」という言葉を入れたということだが、それはどんな位置づけなのか。
改正法案の第26条第2項は「……多様な農業者により農業生産活動が行われることで農業生産の基盤である農地の確保が図られるよう…」となっている。つまり、多様な農業者がいれば、やがて彼らが高齢になって農業をやめたときに担い手が引き受ける、それまでがんばってもらえばいいという位置づけでしかない。
そうではなく、その間、多様な農業者をどう支援するかという話につながって初めて、食料安保を担保できる多様な農業者という位置づけとなり、それなら、なるほどと納得できるようになる。しかし残念ながら、そうはなっていない。つまり、ただの農地の管理者でしかない。農地の管理であれば作物を作らなくてもいい。現在でも保全管理という方法があり、少なくとも草を生やさないようにすればいいということはある。しかし、それでは食料安保は担保できない。
もっとも大きな問題は「選別的な担い手政策に変更はない」と繰り返し言っていることだ。これは農水省だけでなく残念ながら大臣もこれに近いことを言っている。つまり、担い手政策は基本的に変わらないということだが、法案には多様な担い手を位置づける。そうなると説明と法案にズレがあることになるが、その厳密な検証はしないまま法案を通そうというのが実際だと思う。
消えた「適正な価格」
今日のテーマの一つでもある「適正な価格」については、生産者も消費者も期待したが、改正法案には一言も出てこない。すべて「合理的な価格」で押し切っている。
実は議論の時に使われた言葉は、生産資材価格が高騰した分の「価格転嫁」だった。その結果、適正な価格形成問題が出てきたと皆思っている。
しかし、改正法案では「合理的な価格」であり、それは現行法のまま。つまり現行法を変えてないことを意味する。
「合理的な価格」の含意は、農産物価格は需給事情と品質評価を適切に反映して形成されるということだが、これは価格形成のなかに農家の所得を保障するような文言を含んではいけないということであり、現行基本法を制定したときの理念、価格政策と所得政策は分離するという考えが貫かれている。
「適正な価格形成」という言葉の意味は、実は「適正な形成」なのであり、価格は「合理的」に決めるというのが農水省の考え。つまり、「合理的な価格を適正に形成する」ということである。担当者によると、適正な形成という意味は、費用について、きちんと誰にも説明がつく合理的なものであるかどうかを確認することであり、確認した費用について関係者の間で協議し、どのように価格に反映していくかを検討することだという。
そこには農業者の所得はどうなるのかという問題はない。本来大事なことは、合理的であるかどうかではなく、費用等の議論を通じて農業者の再生産が図れるような水準に価格が設定されるかどうかだろう。
しかし、消費者がアクセスできる食料価格と農業者の再生産保障価格は一致する保障はない。しかも最大の問題は価格は変動するものだということを前提にすれば、価格だけで所得を保障することはできない。それを踏まえると価格の変動にとらわれずに安定した所得が得られるように財政的な所得保障をどこまで国が行うのか、これを考えていくべきだろう。
農業協同組合新聞 2024年4月22日
【2024年度研究大会】基本法改正の下
わがJAと生協はこの道を行くを開催
農業協同組合研究会は4月20日、東京・日本橋の「サロンJAcom」で2024年度研究大会「基本法改正の下でわがJAと生協はこの道を行く」を開催した。オンラインも含めて約70人が参加し、現場の実践から考えた今回の基本法改正の問題と今後の課題を議論した。
サロンJAcomで開かれた農協研究会
改正法の致命的欠陥
今回の研究会のサブタイトルは「現場での対応を通して基本法改正を照射する」。基本法改正案は一部修正のうえ前日の19日に衆議院を通過した。
その基本法改正案について研究会の谷口信和会長が最初に「基本法改正は食料安保をめぐる現場での課題にどう応えようとしているか」と題して解題を行った。
そのなかで改正基本法の致命的な欠陥として「食料自給率向上と積極的な備蓄論を欠いた食料安全保障論」を挙げた。
現行法では、食料自給率目標は、その向上を図ることを旨とし、農業生産と食料消費の「指針」と位置づけられているが、改正法案では「指針」の位置づけはなく、また食料安全保障の確保に関する事項とともに定めるとされており、国会の審議でも食料自給率目標の「格下げ」ではないかとの指摘は野党から出ている。
谷口氏は「国内でどれだけしっかり食料を作る能力を持つかを抜きにして食料安全保障はあり得ない。イロハのイだ」と指摘、また、備蓄をどうするのか正面からの議論がない食料安保論を語れるわけがない、と問題点を突く。とくに備蓄はそれぞれの家庭がどう備蓄するかをという問題も含まれるはずで、その議論がない。「つまり、国民的な議論を欠いているということ。食料安保の原点が失われている」と指摘した。
また、地産地消や耕畜連携といった具体的な地域農業への取り組みに言及しないまま、農業の持続的な発展という抽象的な言葉に終始している点を挙げる。
さらに「多様な農業者」については改正法案で位置づけられた(第26条第2項)ものの、それによって「農地の確保が図られる」とされており、農地の確保に貢献するという「ただの保全管理者」の位置づけであり、食料安保における位置づけは与えられていないとし、しかし一方では、不測時に食料増産を要請することができるようにする食料供給困難事態対策法案では、多様な農業者も政策対象とするという「チグハグさ」も強調した。
そのほか農業者サイドが期待したコスト上昇分の価格への転嫁について改正法案では「価格転嫁」も「適正な価格形成」の文言はどこにもなく、結局は現行法と同じく、需給と品質を反映して決まることを基本とする「合理的な価格の形成」とされている。
これをめぐる問題として「適正な価格」には「農業者の所得が補償される価格」との含意があるが、「合理的な価格」にはそれがないことであり、たとえば農業者が求める再生産が保障される価格になる保証はないという。谷口氏はこうした問題点を踏まえて、「農業者の所得確保は財政支出に基づく直接支払いによって行われるべき」と強調した。
適正な価格 「提携」で
生活クラブ連合会の加藤好一顧問は「適正な価格形成を考える」と題して同連合会によるJAとの「提携」の取り組みを報告した。
生活クラブは生産者と消費者が分断されている現状を変えようと「生産する消費者」という理念を掲げ、援農などを含めた生産者との交流会に力を入れてきた。参加者は年間7万~8万人程度になるという。加藤氏はこのような活動参加者を「アクティブな組合員」と位置づけ、こうしたアクティブな組合員による農業現場への理解がなければ「適正な価格は実現できない」と話す。
価格を考える際の前提として、多くの生協や量販店が「より良いものより安く」と考えるが、生活クラブは「素性の確かなものを適正な価格で」としている。内橋克人氏が提唱した自分で考え行動する「自覚的消費者」を増やしていくことと、生産者と消費者の双方が納得できる合意的を見出し価格を決定する取り組みが必要だとした。
ただし、価格で労働費まで賄うには価格転嫁だけではどういもならず、「国による直接所得支払いが不可欠」として危機的な状況にある農業者を支えるには即効性のある直接支払いなど施策がないと「間に合わない」と危機感を示した。
多様な担い手で農業振興
茨城県のJA常陸の秋山豊組合長は「多様な担い手育成を通じた地域農業振興」と題して報告した。
同JAでは枝物部会が盛んだ。石川幸太郎部会長が高齢化と耕作放棄が進む中山間地域の農業再生策として「枝物」に注目し1人で始めた。
栽培品目は「奥久慈の花桃」、「柳類」を代表として約250品目以上を出荷している。部員は144名だが、家族も含めれば300人以上が枝物づくりに携わっているという。3.8haからスタートし現在は78haまで拡大、耕作放棄地に苗を植え、耕作放棄地がゼロとなった地域もある。部会の販売額は22年度で2億円を超えた。30代、40代の新規就農者も誕生しているが、最初はJAが直売所スタッフとして雇用するなど担い手を定着させる努力をしてきた。
部会のスローガンは「心が伝わる産地をめざして」。地域への貢献を力を入れている。
そのほかJAの子会社を始め、有機農業の推進と学校給食への供給の取り組みも進んでいる。JAと行政が両輪となった取り組みで常陸大宮市内の15校に有機米を100%提供する取り組みを進めている。24年産では9.3haを作付けを予定している。JA常陸は有機ブランド米「ゆうき凜々」として今年産から販売する予定としている。
ただ、学校給食への提供では、天候の問題で計画どおりに生産できない際への対応や、給食センターの整備、低温貯蔵庫の建設など課題もまだ多い。秋山組合長は「有機栽培に取り組むことがTPP時代、SDGs時代における日本農民の生き残る道であるなら、誰かが挑戦し国民を挙げた運動にする必要がある」と強調した。
コウノトリと共生する
JAたじまの西谷浩喜常務は「コウノトリがつなぐ地域と農業」をテーマに報告した。
同JA管内の豊岡市では1971年に野生のコウノトリが絶滅した。
地域ではコウノトリの絶滅要因を真摯に受け止め慣行農法を見直すことにし、農薬や化学肥料の削減と生き物を増やす工夫に取り組んだ。
試行錯誤のうえ、コウノトリ育む農法として、農薬の栽培期間中の不使用か7.5割減、化学肥料の栽培期間中の不使用、種子の温湯消毒、早期湛水、冬期湛水などを要件とした。
慣行栽培と比べ水田に水が張られている期間が圧倒的に多くなり、消費者も生き物調査に参加して、安全な米と生き物を同時に育む農法として理解を広げた。コープこうべからの以来で特別栽培米を作ったことをきっかけに、現在では17種類を超える特別栽培米が管内で作付けされ、契約栽培とJA直売ルートも増えていった。
JAは直接販売するために米穀課を設置し、2022年度では全体の約30%が直接販売となっている。
JAが組合員に支払う概算金は慣行栽培を1とすると、有機JAS米は1.9としているという。販売面ではその価値を理解してもらえるよう生協や量販店での販売促進活動に力を入れている。
2007年からはコウノトリ育む農法を勉強した生徒が市長に直談判し学校給食に使用されるようになった。それが給食費の値上げにならないよう品種を多収品種の「つきあかり」に切り替えた。地元の米を食べることによって地域の環境も守られるということを生徒たちが理解した成果だと西谷常務は話し「生物多様性を守るトップランナーとして日本の農業を次世代に継承していきたい」と話した。
3つの報告を受けたディスカッションでは、協同組合間連携による適正価格の形成や、耕畜連携などによる農業振興といったボトムアップで具体的な動きを作り出し、基本法をめぐる参議院の審議では少しでも修正を実現する動きを作り出すことの重要性だとの意見が出された(各報告の概要は近日中に掲載)。
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年頭所感
驕れる者は久しからず―新自由主義の黄昏
東京大学名誉教授 谷口信和
1.一斗二升五合では済まない
正月にあやかって付けたこの表題は決して大酒飲みの心情を示したものではない。
一斗は十升だから、五升の倍で「ご商売」を意味するものだ。
二升五合は良く知られているように二升=升 升で「ますます」と読ませ、五合は半升だから「繁盛」となる。
合わせれば「ご商売ますます繁盛」という駄洒落 (正確に言えば掛け言葉)である。
しかし、よく知られているのはこちらではなく、春夏冬二升五合の方だろう。
春夏冬では四季のうち秋がないので「商い」と読み、「商いますます繁盛」となる。
よく、飲食店や商店の入り口に書いてあるものだ。
だが、今や日本ではこんなことを呑気に言ってはいられないことになっている。
もはや、秋だけでなく春もなくなり、四季から二季に移りつつあるからである。
つまり、亜熱帯・熱帯の気候になりつつあるということだ。
これでは上述のような冗句も通用しなくなり、季語がある俳句とない川柳といった区別もなくなるだろう。
それどころか日本農業のあり方も大きく変わり、文化・社会の様相も一変するに違いない。
ここで止まればまだよいと思うかもしれないが、 その先に控えているのは人と自然の関係、人(社会)と人(社会)の関係の破滅的な状況に他ならないだろう。
その兆しが2022~2023年に現れ始めたのである。
2.2022~2023年の異常事態―気候危機と二つの戦争
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上表は、気候変動と二つの戦争が、新自由主義的なグローバリゼーションによってもたらされた世界経済をめぐる覇権のアメリカから中国などへのシフトと密接不可分の関係にあり(中国を起点とするコロナパンデミックショックは世界経済に重大な後退をもたらし、世界の至るところでの分断と対立を深めた)、それらが2008年と2021~2022年の世界食料危機の原因になっていることを示したものである。
そこでは、第一に、長期的な地球温暖化の下で発生している気候変動が2010年を起点とするレジームシフトを起こし、全世界での異常気象頻発の原因となるとともに、2022~2023年にはCO2排出量が閾値を超えて、地球の平均気温が観測史上の最高水準に到達する気候危機(地球沸騰化)という不可逆的な過程に到達したことが示されている(産業革命後の気温上昇が2023年には1.4℃に達した模様)。
COP26(2021年)で示された2050年のカーボンニュートラル目標も大事だが、直近の2030年までに何とかしないと取り返しのつかない状態に陥る危険性が極めて大きいとの指摘が現実味を帯びているのである。
第二に、2022~2023年に連続して勃発したウクライナ戦争、パレスチナ・イスラエル戦争(ガザ戦争)はしばしば孤立的に捉えられ、欧米的自由民主主義VS権威主義的専制(独裁)の政治的対立の偶然の産物のようにみられがちだが、この二つの戦争はいずれも2007~2008年に起点を有し、2014年のロシアのクリミア侵攻、イスラエルのガザ侵攻を直接の契機として続いてきた紛争の結末として理解することが必要である。
ロシアのクリミア侵攻は西側発のグローバリゼーションがウクライナに到達して(バイデンが副大統領の時に操ったマイダン革命によるウクライナのEU傾斜)、ロシアとの間に政治的・経済的な対立・緊張が生まれたことが背景にあり、そこに2013年に始まる中国の一帯一路政策に基づくウクライナを経由してのEUへのグローバリゼーションの影響が加わる複雑な性格をもったものである(1)。
また、2023年の突然のハマスによるイスラエル侵攻は、2014年のイスラエルによるガザ侵攻で強化された封鎖政策に2020~2022年のコロナパンデミック禍が加わって深刻の度を極めた経済的な困窮が有力な背景にあるとみられる(2)。
したがって、第三に、以上の二つの非常事態は2008年のリーマンショックと2010年の中国のGDP世界第二位への浮上から2011年のBRICS成立に至新自由主義的グローバリゼーションの結末=アメリカの覇権の後退と中国などBRICSの台頭と密接な関係をもっているものとみることができる。
その際の重要なポイントはアメリカやEUの人口規模をはるかに超える人口大国の中国がアメリカと覇権を争うところまで経済の規模を拡大したことであり、BRICSの一員であるインドが2021年には経済成長率で中国を追い抜くとともに、2023年には中国を超える世界一の人口大国になったことである。
第四に、以上のような文脈でとらえれば、2008年と2021~2023年に発生した世界食料危機はいずれも中国の穀物期末在庫率の特異な動きによって惹起された新自由主義的グローバリゼーションの一つの帰結に他ならず、今後のBRICS〜グローバルサウスの経済成長の見通しからみて繰り返し発生する可能性の高い現象だと理解することが許されるであろう。
以上のような気候危機と二つの戦争の勃発という二つの非常事態の検討から導かれる結論は、前者の気候危機という地球の存続条件に関わる非常事態への対応とともに、後者の世界的な戦争と地政学的な流動的状況に対応できるような長期にわたる食料安全保障を早急に確立することが目下の農政の最重要課題だということである。
だとすれば、みどり新法と改正基本法の併存といった方向ではなく、みどり新法と食料安全保障法を組み込んだ新たな食料・農業・農村基本法の策定が必要だと思われる。
しかし、現実は基本法の見直しという部分的な修正に止まり、喫緊で必要ではあるが当面の対策に終始する可能性が大きい。
みどり戦略の到達点については本号の特集をご覧いただきたい。
また、基本法見直しの最新局面に対する編集委員会メンバーによる論評を3月号に予定しているので合わせて参照していただければ幸いである。
以下では、気候危機についての整理を紹介しておきたい。
3.気候危機のメカニズムと農政の対応
2010年における気候のレジームシフトと2022~2023年の気候危機への移行
三重大学の立花義裕教授らの最新研究によって気候危機の現状を整理すれば、以下の通りである(3)。
⓵ 2010年頃に北半球で気候のレジームシフト(気候ジャンプ)が起こった。
過去65年間の7月の北日本の気温の観測値の統計解析から、2010年を境にしてそれまで寒い夏と暑い夏が交互に起きていたのが、それ以後は冷夏が全く発生しない状況=気候のレジームシフトが起こった。
⓶ 2010年は地球レベルで観測史上最高の暑さを記録したが、その後もそれに近い暑さが継続して発生したところに、2023年は再び史上最高気温となった(4)。
⓷ 2010年を境に海面水温も大きく上昇したことから、陸も海も高温となり農林水産業に大きな影響を与えるようになった。
⓸ 閾値を超えると温暖化による気温上昇が加速度的に進むことは理論的には(シミュレーションでは)分かっていたが、これが現実化したのが2010年だったと判断され、2023年はさらに大気温と海面水温の両者が史上最高という未知の領域=気候危機の第二段目に突入した可能性が高い。
IPCC(国際気候変動に関する政府間パネル)も2023年3月の報告でそれまでの「人間活動による温暖化の可能性が高い」という評価から「人間活動による温暖化は疑う余地がない」と断定するところに到達した。
⓹ 異常気象を起こす要因は地球温暖化にともなう気温上昇、北極の温暖化、エルニーニョ現象の三点セットである。
地球温暖化の影響はユーラシア大陸北東部の高温化に鋭く現れ、冷たいベーリング海との温度差の拡大によって南北傾斜高気圧(上層・カムチャッカ半島付近、下層・北日本付近を中心とする)を発生させる。
他方、北極の温暖化は低緯度帯との温度差を縮めるため、中緯度帯を流れる偏西風の速度が低下する結果、蛇行するようになる。他方、エルニーニョ(ラニーニャ) 現象は熱帯赤道域・ペルー沖(フィリピン近海)の海水温の上昇のことだが、これは昔からある自然現象で3~5年の周期で発生する。
エルニーニョもラニーニャも偏西風の蛇行を引きこすが、2023年は北極の温暖化とエルニーニョが同時発生したことで大変な異常気象を世界中に引き起こした。
⓺ 日本列島は四方を海に囲まれているので偏西風の蛇行により猛暑と爆弾低気圧の発生頻度が上がり、一部に干ばつも出現するが、線状降水(雪)帯という特有の現象をともなう豪雨や豪雪に見舞われることになる。
重要な点は「異常(アブノーマル)が普通 (ニューノーマル)」になったのが地球沸騰化の現段階だということである。
(2)気候危機下における日本農業の課題・みどり戦略と基本法見直しの意義
ところで、気候変動への対応として2022年にはみどりの食料システム法が制定され、日本国内の農業~食品産業~消費者の枠内でCO2削減に向けた取り組みが始まっている。
しかし、それにもかかわらず基本法の見直しが気候危機の問題を正面から取り上げる必要があるのは、第一に、みどりの食料システム戦略では食料消費の40%に相当する国産部分のCO2削減が課題とされてはいても、60%を超える輸入食品・農産物に関するCO2削減が検討の対象外におかれていて、地球全体のCO2削減への貢献という点での不十分性を有しているからである。
したがって、第二に、輸入食品・農産物を国産食品・農産物で代替して食料自給率を高めることがCO2削減に大きく貢献するという日本の特異性 (先進国では最も食料自給率が低いため、フードマイレージの縮小がC02削減に貢献する)を考慮すれば、食料安全保障と食料自給率向上を重要課題とすべき基本法の見直しは気候危機の問題を避けては通れないことになる。
そして、第三に、 その際、気候危機の現れ方が欧米諸国とは異なるアジアモンスーン地帯に位置する日本の特殊性を考慮した食料自給率向上=食料安全保障の設計が求められるからである。
こうした視点からすれば、上述のようにみどり新法と改正基本法の併存といった方向ではなく、みどり新法と食料安全保障法を組み込んだ新たな食料・農業・農村基本法の策定が必要である。
すなわち、生産資材・農産物のグローバルサプライチェーン依存から脱却し、地産地消とローカルエコノミーへのシフトを通じた食料自給率向上が食料安全保障の最大の要だということに他ならない。
以下では基本法見直しの中で志向されている飼料用米から子実とうもろこしへのシフト・水田の畑地化推進の問題点を指摘し、他方で中山間地域の新たな位置づけについて述べることにしたい。
1) 水田農業維持・拡大を基礎とした飼料用米・米粉用米の拡大
みどり戦略は本来、地球温暖化対応としてのアジアモンスーン型農業発展の構想であったから、水田農業の枠組みの最大限の活用にモンスーン型の意味があるといってよい。
このことの基本法見直しの上での意味とは食料自給率向上に資する水田における濃厚飼料生産の飛躍的拡大である。
その主要な作物はいうまでもなく飼料用米である
第一に、水田に作付する飼料用米はいつでも主食用米生産に転換できる水田の維持に寄与することを通じて、食料安全保障の有力な土台となる。
第二に、自国の風土的条件に見合った濃厚飼料基盤に基づく日本型畜産の構築に寄与する。先進国の畜産・酪農の濃厚飼料基盤をみると、例えばドイツでは原料穀物全体の75%程度が麦類で(小麦30%、大麦26%、ライ麦11%)、これに対してトウモロコシは23%に止まっている。
そして、 麦類はほぼ100%自給だが、トウモロコシでも自給率は60%となっていて(5)、自国の風土的条件や歴史的条件に見合った濃厚飼料の自給基盤を確保している。
決してトウモロコシが主要濃厚飼料原料というわけではない。
このドイツの麦類に相当するのは恐らく日本では米(飼料用米)に他ならない。
2022年あたりから日本では水田の畑地化とそこでの子実トウモロコシ生産が政策的に推進されている。
元々の畑地での子実トウモロコシ生産は大いに結構だが、装置としての水田を無理に畑地化して、飼料用米から子実トウモロコシに転換する方向は気候危機への対応・適応の視点からすると問題を含んでいるというべきである。
第三に、米(主食用米・飼料用米)・麦・大豆の効果的な輪作体系を構築することによって、 麦・大豆の連作障害を回避する技術の開発と普及が焦眉の課題である。
第四に、島国で四方を囲まれた海の表面温度の上昇により、気候危機の影響が集中豪雨・豪雪の形で現れやすい日本では、畦畔を有し、ダム機能をもつ水田(これは圃場規模の小さな水田の多い中山間地域だけに止まらず平地農村・都市的地域にもあてはまる)に国土保全・防災上の特別の意義があることを再確認する必要がある。
第五に、汎用化水田の普及は大きな意義があるが、普及には長期間かかり、多額の資本投下を要することから短期間に大きな期待はできないでであろう。
なお、米の消費拡大の方向として米粉用米が注目されている。
粉食を基本とする小麦・ライ麦とは異なって、もっぱら粒食での摂取を基本としてきた米での利用は小麦並みの汎用性が期待できる。
伝統の呪縛から解放され、食用米の可能性を広げるものとして一層の研究開発・普及が期待されるところである。
2)中山間地域の新たな意義の発見
中山間地域はそこにおける農業がもつ多面的機能が注目され、政策的な支援が行われてきたが、他方では「条件不利地域」としての位置づけが前面に出され、耕境が後退する「限界地」と認識され、基本法見直しの中では大量に賦存する耕作放棄地の林地化や耕地の粗放的土地利用への移行が推奨されている。
しかし、圃場の形状・大きさ、土壌条件などの簡易な改良を前提にしてのこと
だが、気候危機対応の新たな耕地の候補地としての再評価をすべきではないか。
長野県の700~1200m程度の標高にある農地などの気象条件は北海道帯広市の平地の農地に類似している(白樺が自生している)。
見方を変えれば、平地農業地域を含む一定地域内にある中山間地域は、平地農業地域の高緯度帯への移動と同じ標高差移動の可能性を提供するものと思われる。
食料安全保障を組み込んだ基本法見直しとはこのような視点から中山間地域農地の再評価が必要ではないか。
例えば、すでにある経営体による平地と中山間地域農地の同時利用の可能性を積極的に発掘することなどが考えられる。
その際には「条件不利地域政策」の再検討を通じた新たな支援政策の構築が必要である。
4.日没と日の出が同時に来ている日本の今
しばしば言われるように「夜明け前」は一日のうちで最も暗く、「日没直前」には赤い夕陽が明るく輝く。
2023年の日本は日没と夜明けが同時に来たかのように光と影が交錯する年となった。
多くの日本人に勇気を与えたのは5月のカンヌ国際映画祭で役所広司が主演男優賞に輝いたことであり、12月に大谷翔平が10年間で7億ドル(1014億円)の契約金でドジャースに移籍することが決まり、この年の多くの賞を総なめしたことであろう。
まさに日本人と日本の可能性を指し示す光なのだが、年末から公開された前者の出演映画は「PBREECE DAYS」(ヴィム ベンダース監督)。
東京渋谷の公衆トイレの清掃員の日常を淡々と描いたものだ。
反対に大谷はアメリカ野球界の頂点を極めるような活躍ぶりで内容的には対極にあるといってよい。
これとは対照的な影とは自民党派閥の政治資金パーティ問題で安倍派と二階派に対して東京地検特捜部の捜索の手が入り、刑事事件に発展したことである。
その帰趨を正確に見通すことは困難だが、自民党・安倍派の一強体制という政治的な枠組みに激震が走り、深刻な流動化状況が生まれたことである。
このことと直接の関連はないものの、12月12日の国連総会緊急特別会合ではガザ戦争の即時停戦決議はアメリカやイスラエルなど10カ国の反対に止まり、ドイツやイタリアなど23カ国の棄権を大きく上回って、日本を含む153カ国が賛成票を投じて採択された。
アメリカの二枚舌外交に国際社会が重大なNOを突き付け、アメリカ一強の国際政治システムの機能不全が白日の下に曝される結果となったのである。
両者に共通することは驕れるものは久しからず、新自由主義の黄昏が始まったということであろう。
実は2023年は小津安二郎の生誕120年(没後60年)だったため、第36回東京国際映画祭で記念シンポジウムが開催され、小津監督が繰り返し描き続けた坦々とした日常生活、それを生きる中産階級の家族の心のすれ違い、さりげない労りと気遣いといった葛藤の今日的な意味が諸外国の映画監督も含めて縦横に語り明かされた。
上述のヴィム ベンダース監督はこよなく小津監督を尊敬し、その思想と技法を継承している。小津監督が追求し続けた坦々とした日常生活が世界中で切り裂かれているのが今日の新自由主義グローバリゼーションの局面に他ならない。
そこに小津監督のグローバルな再評価の歴史的な意義がある。
鯛は頭から腐るというが、逆にいえば、頭が腐っていても筋肉やらヒレは簡単には腐らないということである。
頭=上部組織が腐っているとすれば、筋肉やヒレから体を作り直し、頭を取り換える以外にない。
まさに世界はグラスルーツ(草の根)の出番である。
基本法見直しにおける日本農業の今後のあり方に即していえば、小津監督が描いた坦々とした日常生活の場で、様々な葛藤を抱えながらも、家族農業を基礎とした多様な担い手が地域農業と地域社会の持続的な発展を支える土台に据えられねばならない。
現代社会が抱える諸困難からの脱却の有力な道筋は、地域に根ざすことのない根無し草たる一部の強者の論理に彩られた弱肉強食の民主主義から、地域に根ざし弱者(草の根)かもしれないが他者への共感を前提にした多数者の民主主義へ、上からの強権的な押し付け、経済力に準じた平等を原則とする「多数決」に基づく民主主義から、下からの自発的な運動に基づき、人権的な平等を原則とする一人一票制の真の多数決に基づく民主主義への転轍ではないか。
これこそ、新自由主義的グローバリゼーションの黄昏が始まりつつある今、我々が追い求める方向であろう。
(本稿は、谷口信和「総論 基本法見直しは転換期の歴史的課題に向き合っているか」『日本農業年報68』筑波書房、近刊予定の一部を利用して、年頭所感用に再構成したものである。基本法見直しに関しての詳細はそちらを参照されたい。)
(1) ウクライナ戦争勃発後の2022年4月に再開されたとうもろこしの最初の輸出先は話題になっていた食料不足に苦しむ北アフリカ諸国ではなく、豚肉需要の急拡大に対応してとうもろこし輸入を急拡大していた中国だったことに注意すべきである。2021年7月6日に武漢からキーウ(キエフ)に貨物列車の直行便(中欧班列)が初到着しており、一帯一路政策に基づいて中国と欧州の連携強化が図られていたからである。
(2) コロナパンデミックに効果的に対応したイスラエルとは対照的に、住民の65%が貧困ライン以下で生活しているガザ地区の経済的貧窮はハマスの突然のイスラエル侵攻の直接的な要因ではないにしても、重要な背景として理解すべきだという。
鈴木啓之 (2023) 「緊迫するガザ情勢」 「UP』12月号、5ページ。
(3) 立花義裕・谷口信和 (二〇23) 「特別対談:2023年を振り返って 地球温暖化から地球沸騰化へ いったい何が起きているのか 日本の食と農に問いかけるもの」『農業協同組合新聞』12月20日号、1-2ページ; 国立大学法人三重大学プレスリリース (2023) 「2010年以降の猛暑頻発・冷夏不発生は、気候のレジームシフトが一因温暖化に伴うレジームシフトが高気圧と偏西風蛇行を強めたー」1~3ページ;天野未空・立花義裕・安藤雄太(2023) 「2010年以降、北東ユーラシアにおける寒冷な夏の発生を気候レジームシフトが防いでいるかどうかの考察」 Journal of Climate 2023年8月31日オンライン掲載https://journals.ametsoc.org/view/journals/clim/36/23/JCLI-D-23-0191.1.xml
(4) 地球レベルでの平均気温偏差 (1891~2020年)に関する気象庁のデータ(2023年9月27日更新)による。
(5) Statistik des BMELのWebによる2020/2021年度の数字。
農村と都市をむすぶ 2024年1月号
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