鈴木宣弘先生のページ

鈴木先生は、現在、東京大学大学院 名誉教授・特任教授。食料安全保障推進財団 理事長

現在の私どもの協会の前身である任意団体「超多収獲米普及連絡会」が2014年4月1日に「一般社団法人 日本飼料用米振興協会」として法人化しました。

その年度末の2015年3月に通算8回目、法人化第1回目の「飼料用米普及のためのシンポジウム」を開催しました。(活動紹介)
会場の利用について研究の一環としてご尽力を頂き、また、特別講演を行った頂いたのが当時の東京大学大学院教授の鈴木宣弘さんです。
それ以来、毎年、先生のご尽力により現在まで東京大学での研究の一環として施設を利用させていただいております。現在は、鈴木先生がご定年で名誉教授・特任教授になられましたので、先生のご推薦を頂き、東京大学 国際環境経済学研究室 佐藤赳(U-Tokyo Lab of Int. Env. Econ. Takeshi Sato) 先生のご研究の一環として利用をさせていただいております。

参考資料(歴史)
法人化第1回(通算第8回) 飼料用米を活かす日本型循環畜産推進交流集会~飼料用米普及のためのンポジウム2015~
日時:2015年3月20日(金)11時~17時
会場;東京大学 弥生キャンパス 農学1号館8番教室
主催:一般社団法人 日本資料用米振興協会   
詳細:パネル展示 (3階/農経会議室)11時~12時30分
シンポジウム (農学第1号館 2階/8番教室) 12時55分~17時
意見交流・懇親会:東京大学消費生活協同組合農学部食堂17時30分~


参考資料(歴史)
https://x.gd/zA8un

=記念講演=
「循環型飼料米生産のグローバル的意義」 東京大学大学院 鈴木宣弘 教授
2013年3月23日
飼料用米を活かす日本型循環畜産推進交流集会
☆お米で育った“卵、牛乳、鶏肉、豚肉、など”試食あり!
日時:2013年3月23日(土)午前11時~午後5時半
場所:東京大学 弥生講堂・一条ホール
東京都文京区弥生1-1-1 東京大学弥生キャンパス内
https://x.gd/Jvhh7 開催案内
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月刊 『日本の進路』 387 388 号 (2025年1月号) 
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国民飢餓の危機 令和のコメ騒動の深層 連載1~4回(つづく)

日刊ゲンダイ 2025年4月8日(火)
新連載 【1】
国民飢餓の危機 令和のコメ騒動の深層
 
東大大学院特任教授・名誉教授 鈴木宣弘

 
「令和のコメ騒動」が収まらない。
政府の「コメは足りているのに流通がコメを隠した」という説明は本当なのか。
流通悪玉論で目くらまし、根本原因に目を背け続ければコメ不足は常態化する。
国内生産はさらに激減し、安く輸入できる時代が終わった今、日本人が飢餓に直面するリスクは加速していく。
これから数回にわたり、深刻な事態の進行を解説する。
 
「時給10円」の苦境を放置
 
生産が「過剰、過剰」と言われ、5㌔あたり2000円くらいだったコメが昨年から、どんどん値上がりし始めた。
主たる要因として
⓵ 2023年の猛暑による生産減少
⓶ インバウンド需要の増加
⓷ 海外輸出2割増
⓸ 南海トラフ地震「注意報」による買いだめ ―などが挙げられた。
とりわけ猛暑による減産・品質低下と訪日客急増による需給逼迫が主因と言われたが、筆者は常に「猛暑やインバウンドのせいにして、問題の本質を覆い隠してはならない」と警鐘を鳴らしてきた。
根底には稲作農家の苦境がある。
肥料代などの経費を除くと平均所得は1万円。
平均労働時間で割ると「時給10円」だ。
農家を窮乏に追い込む「今だけ、金だけ、自分だけ」の「3だけ主義」のコメ取引とコスト高に対応できない政策の欠陥こそが、根本的な要因なのである。
政府は「24年産の新米が市場に十分に出回ってくれば、価格は落ち着く。コメは足りている」と繰り返したが、逆に米価は上昇し続けている。
この間、筆者は「当面、需給の逼迫が緩和されたとしても、長期的には政策の失敗の是正をしないと、コメ不足が常態化する」と説明してきた。
多少の需給変動がきっかけで、大きなコメ不足が顕在化してしまう根本原因は
⓵ 農家への減反要請
⓶ 水田の畑地化推進
⓷ 過剰理由の低米価
⓸ コスト高でも農家を支援しない
⓹ 政府備蓄の運用の不備などである。
生産過剰を理由に
⓵ 生産者に生産調整強化を要請し、
⓶ 水田を畑にしたら1回限りの「手切れ金」を支給するとして田んぼを潰す。
⓷ 小売り・流通業界も安く買いたたき、
⓸ 政府は赤字補填を放置しているから、稲作農家は苦しみ、コメ生産が減ってしまうのだ。
さらに政府が
⓹ 増産を奨励し、コメ備蓄を増やしさえすれば、その放出で需給調整できるのに、それもやらない。
だから、「令和のコメ騒動」に対応できないのである。
しかも30万程度の備蓄はあるのだから、放出の用意があると言うだけで、市場は安定化したはず。
それなのに、政府は当初、価格対策としての放出を否定。
需給調整は市場に委ねるべきだとし、コメを生産過剰時に買い上げて不足時に放出する調整弁の役割を担おうとしなかった。
大きな理由は、まず「コメは余っている」として減反政策を続けてきたのに、備蓄米放出で「コメ不足」を認めたら政策の失敗を認めることになり、政府のメンツが潰れるからだ。
さらに、 地震など、よほどの事態でないと主食用の放出は実施しない方針が決まっており、「この程度」ではできないということ。
要は、とにかく「コメ不足」を認めたくなかったのだ。
(つづく)

2024年夏は店頭から消えた

日刊ゲンダイ 2025年4月9日(水)
連載 【2】
国民飢餓の危機 令和のコメ騒動の深層


東大大学院特任教授 名誉教授 鈴木宣弘
 
遅れた備蓄米放出
流通悪玉論は否定された

 
さすがに米価上昇が止まらず、世間の騒ぎが大きくなってきたので、今年に入ると、ついに備蓄米が放出されることになった。
しかし、あくまで、コメは足りているが、流通業者がコメを隠しているのが問題だから、放出の条件に、「流通が支障をきたしている場合」を新たに加えて、コメは足りているが流通是正のために放出すると説明した。
そして、コメは足りているのだから、流通が是正されたら、1年後をめどに放出したコメを買い戻すとした。
つまり、放出しても買い戻すので、最終的に流通量は変わらないということになる。
これでは、放出の効果は一時的になる。
備蓄米放出が発表されても、コメ価格は上昇し続けた。
コメの「不足感」が極めて大きいと言わざるを得ず、「コメ供給は不足していない。流通に問題が生じているだけ」との説明は、いよいよ無理が出てきた。
政府は「21万のコメが消えた」と言ったが、21万㌧は「消えた」のではなく、大手の集荷業者に集まらず、他に流れたのが21万㌧あるということ。
「誰かが隠している」と同義ではない。
飲食業界などがコメ調達の懸念から農家からの直接買い付けを増やしていることな
 
大手の集荷業者が集荷できなかった分を備蓄米で補充することによって、コメが届くのは大手スーパーなどの流通ルートであり、町の米屋さんなどには行きわたらないとの見方があった。
現状は、そのとおりで、一部のスーパーでしか備蓄米は売られていない。
つまり、部分的にコメ価格が下がっても、全体的には大きな下落効果は見込めそうにない。
流通悪玉論は本末転倒だ。
仮に「買いだめ」が起こっているとしても、市場関係者が「不足感」を感じているからビジネスチャンスとしてさまざまな動きが出るのであって、それを誘発した原因はコメが足りていないことにある。

 
24年産「先食い」進む
 
全国の現場の声を聞くと、2024年産米が豊作だったという政府の「作況指数」にも疑問がある。
そもそも、
⓵ それほど収穫できていない、かつ、
⓶ 低品質なコメが増えて、玄米から精米にしたときの歩留まり率が落ちている、との見方が多い。
白いコメ、割れたコメ、カメムシ斑点米なども多いという。
精米歩留まり率は、9割くらいだったのが8割近くに落ちているとの情報もある。
しかし、政府は流通悪玉論を正当化しようと、「投機目的で隠されたコメ」の調査を今年3月に行った。
結果は、そういうコメはほとんどなく、関係者が事態の悪化に備えた行動の結果だと判明した。
今、2024年産米が前倒しでどんどん使われる「先食い」が進み、このままでは2025年産米が市場に出始めるまで、コメ在が持つかが懸念されている。
みなが早めに手当てしようと動いているということだ。
流通悪玉論は否定された。
夏ごろにかけてコメ不足が深刻化する可能性がある。
それでも政府は、コメ生産が足りていない。
(つづく)

江藤農相が備蓄米21万㌧放出を発表(2月14日)

日刊ゲンダイ 2025年4月10日(木)
連載 【3】
国民飢餓の危機 令和のコメ騒動の深層


東大大学院特任教授 名誉教授 鈴木宣弘

国内の供給不足を放置し、輸入米8倍増に力を入れる日本政府の愚かさ

 政府が喧伝してきたコメ高騰の「流通悪玉論」は否定されたが、それでもコメ不足だとは認めない。一方で、2030年までにコメ輸出量を8倍に増やすという目標が発表された。

 輸出市場の開拓は追求すべきひとつの可能性ではある。
 だが、国内でコメ不足が深刻化しているときに、まず示すべきは、国内供給の安定化政策ではないか。

 輸出米を増やせば、いざというときに国内向けに転用できるというが、そんな簡単に輸出契約を解除できるとは思えない。その前に国内供給を確保するのが先だ。

 しかも、輸出向けの作付けには10アール当たり最大で4万円の補助金が支給される。

 ならば、国内の主食米の生産にも同額の補助金を支給して、国内生産の増加を誘導するのが今やるべき方向性である。

 その上、輸出振興と必ずセットで出てくるのは、規模を拡大してコストダウンし、スマート農業と輸出の増加で「コメ農家の未来は明るい」という机上の空論だ。

 規模拡大やコストダウンは重要だが、日本の農村地域を回れば、その土地条件から限界があることは明白だ。
100ヘクタールの経営といっても田んぼが何百カ所にも分散する日本と、目の前1区画が100ヘクタールの西オーストラリアとでは別世界だ。

 実際、農水省の調査でも経営規模が20ヘクタールくらいまでは60キログラム当たりの生産単価は下がるが、それを超えると上昇し始める。いくらコストダウンしても海外と同じ土俵で戦えるわけがない。

■大規模化は土地条件に限定

 日本のコメ作りは、中山間地域が全国の耕地面積の約4割、総農家数の約4割、農業産出額の約4割を占める。大規模化とスマート農業でカバーできる面積は限られる。

 さらに、一軒の大規模経営がポツンと残ったとしても、生活インフラが維持できなくなり、コミュニティーは消え、結局、その経営も存続できなくなる。

 大規模化ができない条件不利地域は、疲弊が進むから無理に維持する必要がないという暴論もある。それでは、国民へのコメ供給は大幅に不足し、日本各地のコミュニティーが崩壊して大事な国土・環境と人々の暮らし、命は守れなくなる。

 今、農村現場は一部の担い手への集中だけでは地域が支えられないことがわかってきている。まず定年帰農、兼業農家、半農半X、有機・自然栽培をめざす若者、耕作放棄地を借りて農業に関わろうとする消費者グループなど、多様な担い手づくりを促す。

 そして、水路やあぜ道の管理の分担も含め、地域コミュニティーが機能し、資源・環境を守り、生産量も維持されることが求められている。短絡的な目先の効率性には落とし穴があることを忘れてはならない。
地域の疲弊が続くのは仕方ないのではなく、それは無策の結果だ。政策を変更して未来を変えるのが政策の役割だ。集落営農で頑張っている地域もあるし、消費者と生産者が一体となり、ローカル自給圏をつくろうとする「飢えるか、植えるか」運動も筆者のセミナーを機に広がりつつある。

 だから、地域から自分たちの食と農と命を守る仕組みづくりを強化していこう。 (つづく)

耕作地の4割は中山間地域

日刊ゲンダイ 2025年4月10日(木)
連載 【4】
国民飢餓の危機 令和のコメ騒動の深層


東大大学院特任教授 名誉教授 鈴木宣弘 

大多数の農家が潰れるから企業参入促進というおかしさ
間違った「議論の前提」が稲作を崩壊させる


 現在の日本は短絡的な目先の効率性の追求を強めており、安全保障や多面的機能といった長期的・総合的視点が失われている。
 これでは、稲作農家を守り、十分なコメ供給を確保できる見込みが立たない。

 今後20年で、基幹的農業従事者数は現在の約120万人から30万人まで激減するため、農業をやる人はいなくなってくるのだから、それに合わせて、企業参入を進め、少ない人数で一層の規模拡大をする必要がある、といった議論がよく展開される。

 昨年6月の食料・農業・農村基本法の改正でもそうだった。

 大多数の農家が潰れることを前提に、規模拡大、スマート農業、輸出、海外農業投資などを展開するために、農業法人における農外資本比率の条件を緩和する(50%未満→3分の2未満)などの企業参入促進のための規制緩和を進める、といった議論だ。

 一部の儲けられる人たちだけが儲かればそれでいいという議論には、国民全体へのコメ供給の確保という安全保障の観点や、地域コミュニティーや伝統文化、洪水防止機能などの維持という長期的・総合的な視点は考慮されていない。

  
そもそも、出発点が間違っている。

 基幹的農業従事者が120万人から30万人になるというのは、今の趨勢を放置したら、という仮定に基づく推定値であり、農家が元気に生産を継続できるようにする政策を強化して、趨勢を変えることができれば、流れは変わる。
 それこそが政策の役割ではないか。

 日本全体の人口問題も同じである。日本の人口はやがて5000万人になるのだから、それに合わせた社会設計をしよう、無理に住むのが非効率な地域に住むのはやめればよい、という議論は前提が間違っている。

 今の出生率の趨勢を将来に伸ばしたらそうなるという推定であり、出生率が少し上向くだけで将来推計は大きく変わる。これを実現するのが政策の役割だ。

 しかし、今、懸念される流れが強まっている。

 能登半島のボランティアに行かれたらわかるように、復旧は遅々として進んでいない。
 まるで、そこに住むのをやめて移住するのを促しているかのようにも見えてしまう。
 実は、全国各地の豪雨災害で被害を受けた水田の復旧予算を要求しても、なかなかつかなくなっているという声も聞いた。

 そういえば、消滅可能性市町村のリポートもよく読むと、消滅可能性市町村に住むのは非効率だから、もう無理して住まずに、各都道府県ごとに拠点都市を定めて、そこに移住してはどうか、と書いてある。

 人が減るから学校もなくし、病院もなくし、公共交通もなくしていったら、悪循環になるだけだ。
 狭い目先の効率性と短絡的な歳出削減で、日本の地域社会が壊され、国民へのコメ供給も確保できなくなる流れをこれ以上許すわけにはいかない。
 (つづく)

能登の復旧遅れは移住を促しているのか…(C)日刊ゲンダイ

輸出米と輸入米の危うさ 国内供給こそ最優先

コラム
【鈴木宣弘:食料・農業問題 本質と裏側】
国内供給を放置して進む輸入米と輸出米の危うさ
農業協同組合新聞 2025年3月21日


コメ不足感の高まり
 備蓄米が放出されたが、市場の「不足感」は極めて大きい。2024年産米も政府発表ほどは穫れておらず、精米歩留まり率も9割から8割程度に落ちて、2024年産米が前倒しで流通する「先食い状態」が強まっており、今年の夏にかけて、不足感がさらに高まる可能性がある。 「流通に問題が生じているだけでコメ供給は足りている」との説明には無理がある。
 根本的には、「あと5年でここでコメをつくる人がいなくなる」と漏らす地域が続出しているほどの農家の赤字は放置し、減反要請を続け、一時金(手切れ金)だけ払うから田んぼは潰せ、と誘導して、コメが作れなくなってきたツケである。
今の米価でも30年前の水準に戻っただけでコメ農家にとってはやっと一息つけるくらいで、2025年の作付けも全国で2%程度増えるだけの見込みで、市場の不足感は解消されそうにない。
 「コメは足りている。悪いのは流通」という本末転倒の「流通悪玉論」でなく、「コメの供給が不足しているため流通に混乱が生じている」ことを認め、農家が安心して増産できる政策を早く示さないと間に合わなくなる。
 消費者にとっても今年の米価は30年前の水準に戻っただけだが、所得が減る中での急激な米価上昇は苦しい。今、農家にとっての適正米価と消費者にとっての適正米価が乖離している。農家に増産を促し、消費者は安く買えるようにし、米価が下がっても農家の所得が得られるように支援することでコメ市場は安定化できる。
輸入米増加の末路
 一方で、輸入米が増えている。コメ価格高騰の根本的解決がされないと輸入米はさらに増える。米国が狙っている。前のトランプ政権で日本は「盗人に追い銭」で25%の自動車関税を許してほしいと牛肉と豚肉を差し出した。EUやカナダはWTO違反行為には断固闘う姿勢を示したが、日本は「うちだけは許して。何でもしますから」と、中国が米国との約束を反故にして宙に浮いた大量の余剰トウモロコシまで「尻拭い」で買わされ、「犯罪者に金を払って許しを請う」(細川昌彦・中部大学教授)ような「失うだけの交渉」を展開した。
 前回の日米貿易協定の交渉時の記者会見で、日本政府は米国との今後の自動車関税の交渉にあたり、「農産品というカードがない中で厳しい交渉になるのでは」との質問に答えて「農産品というカードがないということはない。TPPでの農産品の関税撤廃率は品目数で82%だったが、今回は40%いかない」、つまり、「自動車のために農産物をさらに差し出す」ことを認めている。「自動車のために農産物を譲るリスト」があるわけだ。
 積み残しの目玉品目はコメと乳製品だ。これが進めば、日本のコメや酪農の崩壊が早まり、日本の飢餓のリスクが高まる。安易に輸入に頼る落とし穴にはまってはならない。
国内供給支援せず、なぜ今輸出米支援なのか
 一方で、コメ輸出を8倍に増やすという目標が発表された。輸出市場の開拓は追求すべき1つの可能性ではあるが、国内でコメ不足が深刻化しているときに、まず示すべきは、国内供給の安定化政策ではないか。
 輸出米を増やせば、いざというときに国内向けに転用できるというが、そんな簡単に輸出契約を解除できるとは思えない。その前に国内供給を確保するのが先だ。
 しかも、輸出向けの作付けには4万円/10aの補助金が支給される。ならば、国内の主食米の生産に4万円/10aの補助金を支給して、国内生産の増加を誘導するのが明確な方向性である。
 しかも、輸出振興とセットで必ず出てくるのは、規模拡大してコストダウンして、スマート農業と輸出の増加で未来は明るい、という机上の空論だ。規模拡大してコストダウンすることは重要だが、日本の農村地域を回れば、その土地条件から限界があることは明白だ。100haの経営で田んぼが400カ所くらいに分散する日本と目の前1区画が100haの西オーストラリアとは別世界だ。
 中山間地域は、全国の耕地面積の約4割、総農家数の約4割、農業産出額の約4割を占める。大規模化とスマート農業でカバーできる面積は限られている。それができない条件不利地域は疲弊が進むから無理に維持する必要がないという暴論もある。それでは、国民へのコメ供給は大幅に不足するし、日本各地のコミュニティが崩壊して大事な国土・環境と人々の暮らし、命は守れなくなる。
 地域の疲弊は続くから仕方ないのではなくて、それは無策の結果だ。政策を変更して未来を変えるのが政策の役割だ。集落営農で頑張っている地域もあるし、消費者と生産者が一体的にローカル自給圏をつくろうという「飢えるか、植えるか」運動も筆者のセミナーもきっかけに広がりつつある。まず、地域から自分たちの食と農と命を守る仕組みづくりを強化していこう。
日本農業新聞 2025年3月18日
[今よみ]
輸出米と輸入米の危うさ
国内供給こそ最優先
京大学特任教授・名誉教授 鈴木宣弘氏


 米輸出を8倍に増やすという目標が発表された。しかし、国内の米不足が深刻化しているときに、まずやるべきは国内供給の確保ではないか。
 「米は足りている。悪いのは流通」という「流通悪玉論」は本末転倒だ。
 「米の供給が不足しているため流通に混乱が生じている」ことを認め、「あと5年で米を作る人がいなくなる」と漏らす地域が続出している中で、農家が安心して増産できる政策を早く示さないと間に合わなくなる。
 しかも、輸出向けの作付けには10アール当たり4万円の補助金が支給される。
 ならば、国内の主食米の生産にこそ10アール当たり4万円の補助金を支給して、国内生産の増加を誘導すればよいというのは明白だ。
 そして、必ず出てくるのは、規模拡大してコストダウンしてスマート農業と輸出の増加で未来は明るいという机上の空論だ。規模拡大してコストダウンすることは重要だが、日本の農村地域を回れば、その土地条件から限界があることは明白だ。
 100ヘクタールの経営で田んぼが約400カ所に分散する日本と目の前1区画が100ヘクタールの豪州とは別世界だ。輸出市場も簡単に拡大できない。
 中山間地域は、全国の耕地面積、総農家数、農業産出額の各4割を占める。大規模化とスマート農業でカバーできる面積は限られている。それができずに疲弊している条件不利地域で無理に農業をして住み続ける必要はないという暴論もある。
 それでは、国民への米供給は大幅に不足するし、日本各地のコミュニティーが崩壊して国土と環境、人々の暮らし、命は守れなくなる。
 地域の疲弊は止められないのではなく、これまでの無策の結果だ。政策を改善して未来を変えるのが政府の役割だ。集落営農で頑張っている地域もあるし、消費者と生産者が一体的にローカル自給圏をつくろうという「飢えるか、植えるか」運動も筆者のセミナーもきっかけに広がりつつある。
 一方で、輸入米が増えている。前のトランプ政権で日本は「盗っ人に追い銭」で25%の自動車関税を許してほしいと牛肉・豚肉を差し出した。
 積み残しは米と乳製品だ。国は自動車関税阻止のために米国に差し出す農産物リストを作成している。
 これが進めば、米生産の崩壊が早まり、国民の飢餓のリスクが高まる。
 安易に輸入に頼る落とし穴にはまってはならない。

輸出米と輸入米の危うさ

東京新聞 2025/2/12 【今よみ】<政治 経済 農業> 米価高騰〟の深層

東京新聞 2025/2/12
【今よみ】政治 経済 農業
米価高騰〟の深層
東京大学特任教授・名誉教授 鈴木 宣弘

薄く広げた交付金には限界

 米は十分あるが、問題は流通にある」と政府は米価高騰〟の原因は流通業界の「買い占め」だと言って、まだ「米は余っている」と強弁する。
 しかし、市場関係者が「不足感」を感じているから、買いだめが起こるわけで、足りていると政府が言い張るのは無理がある。
 水田つぶし政策と時給が10円しかないような農家の疲弊暑さの影響(低品質米の増加)も加わって主食米供給が減り過ぎている。
 米価が上がったといっても農家からすると30年前の価格に戻っただけで、やっと一息つけるかという程度で、すでに疲弊している現場の生産が一気に増えるのは難しいと流通業界も見込んでいる。
 水田をつぶして現場農家の疲弊を放置する政策が続けば、「米不足」は続く。
 「農協が米価格をつり上げている」との見解も実態と乖離(かいり)している。 
 農協は今、米が集まらず困っている。 
 共販で、概算金60㌔当たり1万8000円、後で同5000円追加払いの見込みでも、農家は同2万2000円とかで即買いに来る業者に売ってしまいがちになる。
 根底にあるのは、農家が赤字でやめていくのを放置して、田んぼをつぶせば一時金(手切れ金)だけ払うからもうやめなさい、と誘導して、農村現場を苦しめてきたツケである。
 農業予算を削りたい財政当局の強い意志がある。
 需要が減るから生産減らし続けていくという政策を続けたら「負のスパイラル」で、日本の稲作と米業界は縮小していくだけである。
 日本農業の根幹と日本人の主食が失われ、一時的に輸入に頼っても、それが濡れば日本人は飢える。
◆■◆■◆
 日本の水田をフル活用すれば、今の700万から1300万、に米生産を増やせる。
 米需要は備蓄用、パン・麺用、飼料用、貧困支援用と広がっている。
 どんどん増産できるように農家支援を拡充すれば、米価格は上がり過ぎずに消費者も助かる。
 そして、需要を創出するために財政出動する。
 そうすれば縮小でなく好循環で市場拡大できる。
 財政当局に農水予算の枠を抑えられたまま、水田活用交付金の組み替えで農地当たり基礎支払いを広げる方向性が示されたが、それでは10当たりの極めて少額の支援に薄まるだけで何もならない。
 「財源の壁」の克服なくして事態の改善はできない。

東京新聞 2025年2月2日(日曜日)【予期せぬ天候リスク】 【後継者難】◆不透明感増すコメの需給

20250202東京新聞不透明感増すコメの需給_サンデー版PPT編集PDF版ダウンロード

論点
2025年の指針 
コメと食糧安全保障 注目の連載
インタビュー 鈴木宣弘・東京大大学院特任教授
毎日新聞 2025/1/31 東京朝刊

鈴木宣弘・東大農学部特任教授=宮本明登撮影
鈴木宣弘・東大農学部特任教授=宮本明登撮影

 昨夏の「令和の米騒動」からほぼ半年たつ。コメの生産を抑える減反政策は続き、米価は高止まりしたままだ。「コメは余っている」と政府は繰り返すが、本当だろうか。農業問題に詳しい東京大大学院の鈴木宣弘・特任教授は「今こそ食糧安全保障の強化が求められるのに、コメ政策は逆行している」と訴える。

【聞き手・宇田川恵】


政府の認識は誤り、生産が減りすぎだ

――昨夏の米騒動をどう振り返りますか。

 騒動の最大の要因は、コメの生産が減りすぎていることです。
 それは「コメは余っている」という政府の認識自体が間違っているからです。
 あれほどのコメ不足となったのに、しかも米価は今も高いままだというのに、農林水産省は「コメの需要は減少傾向にある」と言い続け、「とにかくコメは作るな」と農家に減反を迫っています。
 需要は年約10万トン減るから、それに合わせて生産を抑えようというのです。
 実際、農水省は昨年10月末、2025年7月から1年間の需要量は前年より11万トン減って663万トンになるとの予測を示しました。

――「もっと作りたい」という農家はたくさんありますが、事実上、農水省の需要予測に基づいて生産量が配分されるので、好きなように作れないのですね。

 そうです。昨夏の米騒動を経ても、政府は今までのコメ政策が失敗だったとは認めず、何の是正もしようとしません。
 このままでは、今後もちょっとしたきっかけでコメは品薄となり、コメ不足が慢性化する恐れがあります。
 特に今年は、大手卸などが既に、競って新米を高値で買い集めてしまっています。
 だから価格は高止まりしたままだし、元々生産量に余裕がないから、端境期の夏ごろには再び米騒動が起きる可能性もあります。


――そもそも「コメは余っている」という政府の認識が問題なのですね。

 その通りです。近年、猛暑など気候変動の影響で、低品質米が非常に増えています。作柄の良しあしを示す「作況指数」がいくら良好でも、低品質米が増えれば、主食米は減ります。昨夏のコメ不足もこれが一因だったことは間違いありません。
 今後も猛暑が頻発すれば、低品質米はさらに増えるでしょう。しかし農水省はこの分を見込まずに供給予測を出しており、主食米が足りなくなる恐れがあるのです。

――食の好みの変化などから「コメ離れ」が進んでいると言われてきましたが、コメの需要は減らないのですか。

 減らないどころか、需要はいくらでもあります。
 今、中国は有事に備え、14億人の国民が1年半食べられるだけの穀物を備蓄しようとしています。
 この動きが象徴しているように、世界各地で戦争が起き、国際情勢は悪化して、いつでも食料を海外から輸入できる時代は終わりを迎えています。
 一方、日本もコメの備蓄はしていますが、せいぜい国民が1カ月半食べる程度の量です。
 国産で賄える穀物はコメだけで、有事の際はコメでしのぐしかないのに、このままではいざという時、国民の命は守れません。
 コメを増産して備蓄を増やすことは今や、安全保障のために必要な政策です。

 政府はコメの生産を奨励する方向にカジを切らなければいけないのです。

――減反している場合ではないですね。

 ロシアによるウクライナ侵攻で分かったように、戦争が起きれば物流が滞ったり、産地が荒廃したりして、小麦やトウモロコシなどの輸入品は手に入りにくくなります。
 加えて、緊急時にはどの国も自国の食が最優先なので、自国産の作物を輸出したりしません。
 また、世界各地で干ばつや洪水が毎年のように発生して、作物の不作が続き、輸入頼りは限界がきています。
 しかし、たとえ小麦が輸入できなくなったとしても、コメが十分にあれば、小麦の代わりとなり、パンも麺も作れます。
 酪農の牛などに使う餌についても、今はほぼ輸入トウモロコシが使われていますが、コメがトウモロコシの代わりになることも分かっています。

――コメ離れが進んでいるとはいえ、実際には「コメは高いから食べる量を減らしている」という人が少なくありません。

 日本の貧困率は今、先進国の中でも高く、「食べたくても食べられない」という人が増えています。栄養が足りていない人口を地図上に表した国連の「飢餓マップ」を見ると、日本の栄養不足人口の割合は今やアフリカの一部と同じレベルです。日本が豊かな国だというのは幻想です。
 支援を必要とする人に食料を届けるフードバンクや子ども食堂は今、民間の力で何とか成り立っています。しかし、これだけ厳しい状況にあるなら、コメを増産して政府が買い付け、困窮者に給付してもいいわけです。
 つまり、コメの用途はいくらでもあるということです。


備蓄積み増し必要、農政転換する好機

――農家が好きなだけコメを作るとしたら、そのコメは国内で使い切れますか。

 今、田んぼをフル活用すれば、年間約1300万トンのコメを生産できます。現在のコメの消費量は約700万トンなので、残りの約600万トンの出口はあるのか、という話ですね。
 まず安全保障上、備蓄の積み増しが必要だと述べましたが、日本の備蓄米は現在、約100万トンです。例えばこれを5倍に増やせば、すぐ約500万トンが出ていきます。

 500万トンの買い付け費用は約1兆円と見込まれます。政府は米国から巡航ミサイル「トマホーク」を購入するなど、23~27年度までの防衛費を43兆円にする予定です。いざという時に国民の命を守るのが国防だというなら、備蓄にかける1兆円は必要なコストだと私は思います。

――減反を続ける意味が何なのか、ますます分からなくなります。

 減反政策というのは、コメの生産を減らして市場価格を上げようというものです。農家がコメから別の作物に転作すれば政府が補助金を出しますが、その費用は毎年約3500億円にも上ります。こんな大金をかけて、わざわざ米価を上げようとしているのです。
 しかし、生産を減らせば価格が上がるという仕組みはもはや、ほぼ機能していないんですよ。コメは近年、流通大手などが買いたたいて安く売られてきたので、いくら生産調整しても米価は上がらない状況が定着しているのです。
 もう無理やり生産を抑えて農家を苦しめるのはやめて、農家が好きなだけコメを作る政策に切り替えるべきです。それにより、農家の生産コストが販売価格を上回って赤字が出たら、その差額を政府が補塡(ほてん)したらいいのです。
 農家に赤字補塡する政策に転換しても、その支出は減反にかかる支出とほぼ同規模の見通しです。同じ額を負担するなら、減反をやめた方がずっといい。なぜなら、農家の経営を支えて農業を守ることになるうえ、わざわざ米価を上げて消費者に高いコメを買わせなくてすむからです。

――政府がかたくなにコメの減産を続けるのはなぜでしょう。

 昨夏のコメ不足で備蓄米の放出を求められた際も、農水省は「全国的には逼迫(ひっぱく)していない」と言い、放出を拒否しました。コメ不足を認めることは自分たちの沽券(こけん)に関わるというのでしょう。メンツを守ることしか頭にないように思えます。

――役所のメンツで国民が苦しめられたらたまりません。

 そもそも国家戦略が欠けているのです。財務省主導で今、水田を畑地化する政策が進んでいます。コメが余っているなら田んぼはもう必要ないとし、田んぼをつぶせば一時金を支払うというのです。減反に伴う補助金を少しでも減らし、何とかして農業予算を削ろうという財務省の思惑がはっきり見えます。米国から武器などを買う金に回したいのかもしれませんが、日本をどう導くかという国家観や危機意識が問われます。

 農水省も、国民の命の糧である農業を守る政策をしっかり掲げ、財務省と闘って予算を勝ち取ろうという気概を取り戻してほしい。

 少数与党政権になった今、農政を変えるチャンスだと私は思っています。
 現在の農政のあり方に疑問を持つ国会議員は野党内にはもちろん、与党内にもいます。
 与野党で協力し、農政を転換して食糧安全保障を強化する方向に向かってほしい。


「減反政策」が背景に
 全国のスーパーなどで2024年夏、コメが棚から消えたり、価格が急騰したりする大混乱が生じ、「令和の米騒動」と呼ばれた。前年の猛暑による不作やインバウンド(訪日客)の増加による消費増などが要因とされたが、コメの生産を減らして市場価格を上げる「減反政策」が最大の背景だと見る専門家が多い。秋以降、新米が流通してコメは戻ったが、価格高騰は収まらず、都心では現在、前年同期より6~7割も高いとされる。

■人物略歴
鈴木宣弘(すずき・のぶひろ)氏
 1958年生まれ。東京大農学部卒後、農林水産省。専門は農業経済学。九州大大学院教授、米コーネル大客員教授などを歴任。著書に「世界で最初に飢えるのは日本」「国民は知らない『食料危機』と『財務省』の不適切な関係」(共著)など

 「論点」は原則として毎週水、金曜日に掲載します。
ご意見、ご感想をお寄せください。
 〒100-8051毎日新聞「オピニオン」係 opinion@mainichi.co.jp

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【鈴木宣弘:食料・農業問題 本質と裏側】
サツマイモを消せば世論が収まると考えたお粗末さ

コラム
【鈴木宣弘:食料・農業問題 本質と裏側】
サツマイモを消せば世論が収まると考えたお粗末さ

農業協同組合新聞
2025年1月24日


 国際情勢は、お金を出せばいつでも食料が輸入できる時代の終わりを告げている。
 かたや、日本の農家の平均年齢は68.7歳。あと10年で日本の農業・農村の多くが崩壊しかねない深刻な事態に直面している。
 しかも農家は生産コスト高による赤字に苦しみ、廃業が加速している。これでは不測の事態に子ども達の命は守れない。
 私達に残された時間は多くない。

 しかし、昨年、25年ぶりに改定された「食料・農業・農村基本法」における政府側の説明は、これ以上の農業支援は必要ないというものだった。
 農業就業人口がこれから減る、つまり、農家が潰れていくから、一部の企業などに任せていくしかないような議論は、そもそもの前提が根本的に間違っている。今の趨勢を放置したらという仮定に基づく推定値であり、農家が元気に生産を継続できる政策を強化して趨勢を変えれば、流れは変わる。
 それこそが政策の役割ではないか。それを放棄した暴論である。
 いや、一つ考えてある目玉は「有事立法」(食料供給困難事態対策法)だという。
 普段は頑張っている農家にこれ以上の支援はしないが、有事になったら命令だけする。
 野菜を育てている農家の皆さんも一斉にカロリーを生むコメやサツマイモなどを植えさせる。
 その増産命令に従って供出計画を出さない農家は処罰する。
 支援はしないが罰金で脅して、そのときだけ作らせればいいと。
 こんなことができるわけもないし、やっていいわけもない。
 今、頑張っている人への支援を強化して自給率を上げればいいだけの話なのに、それをしないでおいて、いざというときだけ罰金で脅して作らせるという「国家総動員法」のようなお粗末な発想がどうして出てくるのか。
 しかも、サツマイモが象徴的に取り上げられて世論の批判を浴びたからと、増産要請品目リストからサツマイモを消しておけばよいだろうと、国はサツマイモを消した。
 サツマイモを消しても「悪法」の本質が変わるわけではないのに、なんと姑息でお粗末な発想だろうか。
 もう一つ、農家のコスト上昇を流通段階でスライドして上乗せしていくのを政府が誘導する「強制的価格転嫁制度」の導入が基本法の目玉とされたが、参考にしたフランスでも簡単ではなく、小売主導の強い日本ではなおさらで、すぐに無理だとわかり、どうお茶濁すかの模索が始まった。
 法律もつくり、相応の予算を付けて、コスト指標を作成し、協議会で価格転嫁に取り組みましょう、と掛け声をかけるだけだ。
 こんな実効性のないことに法律をつくり、予算を付けるのは、ごまかしのためだけの無駄金だ。
 価格転嫁というが、消費者負担にも限界があるから、生産者に必要な支払額と消費者が支払える額とのギャップを直接支払いで埋めるのこそが政策の役割なのに、財政出動を減らして民間の努力に委ねようとする。

 とにかく、ことごとく、食料・農業・農村への予算を何とか出さないようにしようという姿勢が至る所に強く滲み出ている。
 それが財政当局の圧力であることは、最近、見事に確認できた。

 2024年11月29日に公表された財政審建議で、財政当局の農業予算に対する考え方が次のように示された。
1. 農業予算が多すぎる
2. 飼料米補助をやめよ
3. 低米価に耐えられる構造転換
4. 備蓄米を減らせ
5. 食料自給率を重視するな
 そこには、歳出削減しか念頭になく、呆れを通り越した、現状認識、大局的見地の欠如が露呈されている。
 食料自給率向上に予算をかけるのは非効率だ、輸入すればよい、という論理は危機認識力と国民の命を守る視点の欠如も甚だしい。
 財政当局の誰に聞いても、日本のやるべきことは2つしかないと言う。
① 増税
② 歳出削減
 これでは負のスパイラルになるに決まっている。
 今が財政赤字でも、命・子供・食料を守る政策に財政出動して、みんなが幸せになって、その波及効果で好循環が生まれて経済が活性化すれば財政赤字は解消する。
 今、「住むのが非効率な」農業・農村の崩壊を加速させ、人口の拠点都市への集中と一部企業の利益さえ確保すれば「効率的」だとする動きが、改訂基本法だけでなく、全体に強まっている懸念がある。
 能登半島の復旧支援に行かれた方はわかると思うが、1年たっても復旧していない。
 国は金を切ってきている。
 「もう住むのはやめたらいいじゃないか。漁業も農業もやめてどこかに行け」と思わせるような状態だ。
 また、全国各地で、台風で被害を受けた水田に対して復旧予算を要求したが出さないと言われたという声も聞く。
 もっと驚いたのが、「消滅可能性自治体」(人口戦略会議)のレポートだ。
 よく読んでみると「消滅しろ」と書いてあるという。
 そんなところに無理して住むのは金がもったいないから早くどこかへ行けという論調だ。
 目先の効率性だけでみんなの暮らしを追いやり、農村・漁村を住めないような状態にしてしまえば、日本の地域の豊かな暮らしや人の命は守れるわけがない。
 「目先の銭金だけの効率性」にこれ以上目を奪われたら、日本の子どもたちの未来は守れない。

鈴木先生に聞いてみよう!!どうなるの?これからの食と農。日本の食料自給率は10%?地域の食と農を守るのは?

鈴木先生に聞いてみよう!!
どうなるの?これからの食と農。

日本の食料自給率は10%?
地域の食と農を守るのは?

2025年2月2日(日)13:30-16:00 (開場12:30) 同時開催:地産地消プチマルシェ

世界で最初に飢えるのは日本!?
鈴木宜弘先生講演会

場 所:須玉ふれあい館大ホール
◆中央道須玉インターより車で3分
参加費:一般:1,000円、学生:500円、高校生以下:無料
お問い合わせ:rin.connect1207@gmail.com
090-5215-2961 事務局担当: 井上
お申込み:鈴木宣弘先生講演会申し込みフォーム
https://x.gd/l2Lxi
◆紹介
マンガでわかる 「日本の食の危機」
脱「今だけ、金だけ、自分だけ」で「再生社会」を築こう!!
◆紹介(講師)
鈴木 宣弘先生
主催:鈴木宣弘先生講演会in 北杜実行委員会共催:いのちをつなぐ給食へGOin北杜、生活クラブ山梨、北杜市有機農業推進協議会、ころぽっくる会議、結の家、富士五湖の給食を考える会
後援:北杜市、北杜市フードバレー協議会、パルシステム山梨 長野、梨北農業協同組合

事務局長の独り言 最新の情報 鈴木宣弘東京大学教授と加藤好一当協会副理事長の対談(上)
事務局長の独り言 最新の情報 鈴木宣弘東京大学教授と加藤紘一当協会副理事長の対談(下)

食料安全保障推進財団 会員向けに年頭のあいさつをお送りしました。

食料安全保障財団 理事長からの新年のメッセージ

                                  2025年1月
令和7年の年頭に当たって


 日本の食料自給率は種や肥料の自給率の低さも考慮すると38%どころか最悪10%を切る事態もありうるとの誌算もあります。

 海外からの物流が停止したら世界で最も餓死者が出るのが日本との試算もあります。
国際情勢は、お金を出せばいつでも食料が輸入できる時代の終わりを告げています。

 かたや、日本の農家の平均年齢は68.7歳。あと10年で日本の農業・農村の多くが崩壊しかねない深刻な事態に直面しています。
 しかも農家は生産コスト高による赤字に苦しみ、廃業が加速しています。
 これでは不測の事態に子ども達の命は守れません。
 私達に残された時間は多くないのです。
 今こそ、食料自給率向上に向けた増産のための支援策を打ち出し、備蓄も増やし輸入の小麦からコメのパンや麺への切り替え、輸入とうもろこしに替わる飼料米などの振興も求められるはずが、農水予算を減らすことしか頭にない財政当局は、
 1.農業予算が多すぎる
 2.飼料米補助をやめよ
 3.備蓄米を減らせ
 4.食料自給率を重視せず輸入せよ

と、果れるほどの現状認識、危機認識の欠如を露呈させています。
 こうした動きから私達が子ども達の未来を守るには、一人一人が行動を起こして、地域の種を守り、生産から消費まで「運命共同体」として地域循環的に農と食を支える「ローカル自給圏」の構築を全国各地で急がねばなりません。

 1つの核は学校給食の安全・安心な地場産農産物の公共調達を進めることです。
 農家と市民が一体化して耕作放棄地は皆で分担して耕そうではありませんか。
 当財団では、このための情報共有、意見交換、行動計画づくりのための財団主催セミナーと全国各地での後援セミナーをこれまで年間30~40力所で実施し、それをきっかけにした農業生産への住民参加や農家と市民とのネットワークづくりも各地で拡大してきています。
それと同時に、園政では、

1 食料安全保障のベースになる農地10aあたりの基礎支払いを行い、それを、
2 コスト上昇や価格下落による経営の悪化を是正する支払いで補完し、さらに、
3 「安全保障推進法」 (仮称)を超党派の議員立法で成立させるための後押しも当財団が進めており、現在、協同組合振興議連を中心に立法化の動きも進み始めています。財団として、この動きも強力に後押ししていきます。
こうした取り組みに加えて、全国各地で踏ん張っている農家の皆さんを支えて、消費者の皆さんに安全・安心な食料を確保できるようにするために、さらに財団としての取り組みを拡充・強化していこうと考えております。
会員の皆様からのご提案もいただき、財団の活動強化に向けて皆さんとともに一層尽力していく所存ですので、引き続き、ご支援、ご指導の程、宜しくお願い申し上げます。
                                 鈴木 宜弘

残された時間は多くない~ 「詰めの甘さ」の克服

【鈴木宣弘:食料・農業問題 本質と裏側】
残された時間は多くない~
「詰めの甘さ」の克服

農業協同組合新聞
2025年1月9日


 千葉県の酪農家さんの農水省前での訴えを思い出す。
 辛いものがあった。
 「皆さんにお詫びします。私たちは潰れます。それによって、うちの従業員さんも、獣医さんも、餌屋さんも、機械屋さんも、農協もメーカーもみんな仕事を失います。申し訳ない」と。
 これも重大だ。
 これ以上、国産の農産物が減ってしまえば、食べる物が無くなっていくんだから。
 それ自体が大騒ぎだけれども、それだけじゃなくて、日本の各地に一次産業があって、農家の皆さんが頑張ってくれて、このおかげでどれだけの関連産業と、どれだけの組織が成り立っているか。
 そのことをしっかりと「運命共同体」として認識して、支え合う仕組みを作っていく取り組みを強化しなければ、逆に運命共同体として泥船に乗ってみんなで沈んでいきかねない。
 一次産業なんてちっぽけな産業だと言う人がいる。確かに年間生産額は10兆円規模。
 でもそれを基礎にして成り立っている関連産業の規模は110兆円。
 そうだ。
 日本の経済社会とは、まさに1次産業があって、そのおかげですべてが成り立っているのだ。
 しかも、山間の地域から平野部、そして海に近づくにつれて、一次産業の取り組みの循環のおかげで、全てがしっかりと循環圏を作り上げて生活が成り立つ。
 東京のように都心部だけが肥大化すれば、もう人が住めなくなってくる。
 皆の力で日本各地にしっかりと都市と農村が融合した循環圏を作っていこう。
 そのときに、やはりアメリカとの関係がネックというか、思い出される。
 もう食生活も変わっちゃったんだし、日本の農地じゃ足りないんだから、自給率なんか上げられないってよく言う。
 でも誰がそうしたのか。アメリカの政策だ。
 だから政策で変えられるはずだ。江戸時代を思い出せばすぐにわかる。
 江戸時代は鎖国政策で外から物は入ってこない。
 でも当然自給率は100%。徹底的に地域の資源を循環させて、循環農業・循環経済を作り上げて、そして世界があっと驚いていた。
 これが我々の実績だから、こういう部分をさらに強化していこうじゃないかと。
 それをぶち壊したのが、アメリカの占領政策で、慶應医学部教授が回し者のようになって、米を食うと馬鹿になるっていう本を書いて大ベストセラー。
 極めつけが子供たちから変えていけというアメリカの戦略。
 学校給食だ。
 アメリカ小麦のパンと、それから脱脂粉乳。
 あれで、むしろ私は嫌になったけど、こんな短期間に、伝統的な食文化を一変させた民族は世界に例がないと。
 完全にやられた。
 食生活改善運動ってみんなが頑張ったけど、全部アメリカのお金だった。
 非常にわかりやすい。
 こういう流れの中で、農水省は一度頑張って、もうちょっと食事を見直せば、食料自給率は63%まで簡単に上げられるんだと。
 いいじゃないかと思ってみんなで頑張ろうと思ったら、このレポート(農林水産省「我が国の食料自給率(平成18年度食料自給率レポート)」は調べても、なかなか出てこない。
 わかりやすい。
 みんながこういうものを見て頑張ったら困るという話か。
 そして、わかりやすいデータがある。
 我々の計算だ。
 大きな自由貿易協定を1つ決めるごとに、自動車が3兆円儲かって、農業がどんどん赤字になっていく。
 これを繰り返してきたわけだ。
 これで日本の産業は発展できたけれども、自動車は儲けを増やしてきたけれども、そこに何があったのか。
 もっと日本の産業界は、農業農村に対して責任を持つべきじゃないか。
 農業を「生贄」にするために、メディアを通じて、日本の農業は過保護で衰退したんだっていう嘘が刷り込まれた。
 日本の農業は補助金漬けだって。
 でも調べたら、せいぜい所得に占める税金の割合は3割。
 スイス・フランスほぼ100%だ。
 えっと思うかもしれないが、命を守り、環境を守り、地域コミュニティーを守り、国土国境を守っている産業は国民がみんなで支える、世界の常識だ。それが唯一、おかしなことかのように思わされている日本人が、世界の非常識じゃないかと言うことを今こそ考えないと。
 フランスのように政策を頑張ってきた国の農家の平均年齢は51歳。
 日本の農家の平均年齢はもう69歳。10年経ったら、日本の農業農村、どれだけ存続できるか。
 今、全国を回っているけれども、5年持たないって言う声さえ多い。
 特に、稲作や酪農が。あと5年続けてくれる人がこの地域にはいないと。
 地域が消えると。
 そういう状況がどんどん進んでいる。
 皆さんは一生懸命、農家と消費者が支え合う仕組みを作ろうとしてくれたり、農業をしっかりと頑張ってくれているけども、その皆さんの努力をもっともっと強化してスピードアップしないと、日本の農と食が救えなという、こういうことになってきているんだということを、ぜひ認識して、さらに皆さんが一肌も二肌も脱いでいただかないといけない状況だ。
 以前、私のセミナーに参加してくれたフランス女性が指摘してくれた。
 「日本人は詰めが甘い。フランスのように政府が動くまで徹底的にやらなくては意味がない。流れを変えられなければ、すべての努力は、残念ながら、結局パフォーマンス、アリバイづくりで終わってしまう。フランスなら食料・農業の大事さをわかってもらうために、パリに通じる道路を(トラクターなどで)封鎖して政府が動くまでやめない。」 
 やり方には議論があろうが、「詰めの甘さ」をどうにか打開したい。

日本農業新聞 2025年1月7日
今よみ

【今よみ】負担強いる生産調整 安保考え増産への転換を

日本農業新聞 2025年1月7日 [今よみ]
安保考え増産へ転換を
負担強いる生産調整
 東京大学特任教授・名誉教授 鈴木宣弘氏


 輸入依存度が高いということは国内農業生産は過剰でなく足りていないのだ。国内生産の増大に全力を挙げ、輸入から置き換え、備蓄も増やし、不測の事態に子どもたちの命を守るのが「国防」だ。
 なのに生産者のセーフティーネット構築は議論せずに、相変わらず「米は過剰」とする政府の需給見通しで減産を要請している。猛暑が常態化して低品質米が増えていることは作況指数に反映されない。だから、生産量を10万トン減らすと減らし過ぎになる。米需要は減るとの見通しには、安全保障上の需要が欠落している。91万トン、消費の1・5カ月分で不測の事態に国民の命は守れない。
 小麦やトウモロコシの輸入が減るリスクも高まる中、米のパンや麺、飼料を増やすのは国家戦略的な安全保障上の米需要で、フードバンクや子ども食堂を通じた米支援も必要だ。それらを合わせたら米需要は莫大(ばくだい)で、生産調整をしている場合ではない。
◁    ▷
さらに、酪農家が1万戸を切り、減少の加速が問題になる最中、脱脂粉乳の在庫が多いから生産抑制だとして、それに協力せずに系統外に売る酪農家には補助金を出さないという方向性が出ている。
 発想が間違っている。今こそ、酪農家が自由に増産できるようにするのが不可欠だ。国内生産が多過ぎるのでなく、輸入が多過ぎるのだ。他国のように脱脂粉乳とバターの在庫を政府が持ち、需給状況に応じて過剰時に買い入れ、国内外への援助にも活用し、不足時に放出すれば、わずかな民間在庫増加でこんなに酪農家に負担を押し付ける必要などない。
 酪農家のコストに見合う乳価に届いていない分は海外のように補填(ほてん)して、酪農家の減少を食い止めなくては、本当に子どもたちに牛乳が飲ませられなくなる。
 輸入が8割を占めるチーズ向け生乳を増やす内外価格差補填で大幅に国産へ置き換えができるが、それにかかる財政負担はオスプレイ1機の購入代金が220億円とすれば、その半分相当を酪農家あるいはメーカーに補填するだけでいい。
◁    ▷
食料・農業・農村を守るのは、国民の命を守る安全保障のコストだと認識すべきだ。それを出し渋り、農家を苦しめ国民を苦しめる愚かさに一刻も早く気付いてほしい。

明けましておめでとうございます。
2024年はお世話になりました。
2025年をより良い年となりますように祈念いたします。

月刊 『日本の進路』 食料自給の確立へ  農業・農村・食料を守る政策実現に機運高まる

月刊 『日本の進路』 387 388 号 (2025年1月号)
広範な国民連合

 
食料自給の確立へ
農業・農村・食料を守る政策実現に機運高まる

東京大学特任教授・名誉教授、食料安全保障推進財団理事長 鈴木 宣弘
 
「広範な国民連合第26回全国総会」のご成功に心からお祝い申し上げます。
今、「住むのが非効率な」 農業・農村の崩壊を加速させ、人口の拠点都市への集中と一部企業の利益さえ確保すれば「効率的」だとする動きも強まっているなか、文字通り「広範な国民連合」が全国各地の政治・行政と市民・農民の力を結集し、日本の地域社会と子どもたちの未来を守る最大の使命を担っております。
現に、国民連合による食料自給率向上の自治体議員連盟の尽力は、農業・農村を守り、食料を守ることの重要性を超党派の国民運動として盛り上げる原動力となっております。
私自身も、国政レベルでも、ほぼ全政党でお話をし、食料安全保障推進法(仮称)に基づく、
⓵農地を守る基礎支払い、
⓶生産者・消費者の双方を支援するコストと販売価格との不足払い、
⓷備蓄・援助のための政府買い入れの拡大、
などの必要性について、党派をまたいだ強い賛同を得ております。
今まさに、広範な国民連合によ日本の地域社会を守る政策提案が、国政レベルでも喫緊の政策として実現できる機運が党派を超え高まっております。
食料自給確立の自治体議員連盟による全国津々浦々からのうねりづくりが国政を動かす最大の原動力になります。
この機を逃すことなく、さらなる結集と活動の強化に取り組んでまいりましょう。
 
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国家観なき歳出削減からの脱却
政策実現へ超党派の国民運動を  鈴木宣弘
 
最近、財政当局の農業予算に対する考え方が示された。
その骨格は、⓵農業予算が多過ぎる、⓶飼料米補助をやめよ、⓷低米価に耐えられる構造転換、⓸備蓄米を減らせ、⓹食料自給率を重視するな、といったものである。そこには、歳出削減しか念頭になく、現状認識、大局的見地の欠如が懸念される。
1970年の段階で1兆円近くで防衛予算の2倍近くだった農水予算は、50年以上たった今も2兆円ほどで、国家予算比で12%近くから2%弱までに減らされてきた。10兆円規模に膨れ上がった防衛予算との格差は大きい。
軍事・食料・エネルギーが国家存立の3本柱ともいわれるが、なかでも一番命に直結する安全保障(国防)の要は食料・農業だ。その予算が減らされ続け、かつ、世界的食料争奪戦の激化と国内農業の疲弊の深刻化の下で、まだ高水準だという認識は国家戦略の欠如だ。中国は14億の人口が1年半食べられるだけの食料備蓄に乗り出している。世界情勢悪化のなか、15カ月分程度のコメ備蓄で、不測の事態に子どもたちの命を守れるわけがない。今こそ総力を挙げて増産し備蓄も増やすのが不可欠なときに備蓄を減らせという話がな出てくるのか。
「いつでもお金を出せば安く輸入できる」時代は終わった。
今こそ、国民の食料は国内で賄う「国消国産」、食料自給率の向上が不可欠で、投入すべき安全保障コストの最優先課題のはずなのに、食料自給率向上に予算をかけるのは非効率だ、輸入すればよい、という論理は、危機認識力と国民の命を守る視点の欠如だ。
そして、これらの考え方が25年ぶりに改定された食料・農業・農村基本法にも色濃く反映されていることが事態の深刻さを物語る。
この状況は絶望的にも見える。


農業・農村を守る政策実現に新たな展望
 
しかし、この局面を打開できる希望の光も見えてきている。
かつて2009年、当時の石破茂農水大臣は、筆者が2008年に刊行した『現代の食料・農業問題─誤解から打開へ』(創森社)を三度熟読され、この本を論拠にして農政改革を実行したいと表明された。 
 
拙著での提案、および2009年9月15日に石破大臣が発表した「米政策の第2次シミュレーション結果と米政策改革の方向」の政策案の骨子は、「生産調整を廃止に向けて緩和していき、農家に必要な生産費をカバーできる米価 (努力目標) 水準と市場米価の差額を全額補てんする。
それに必要な費用は3500~4000億円で、生産者と消費者の双方を助けて、食料安全保障に資する政策は可能である」というものだった。
これは、その直後に起こった政権交代で、民主党政権が提案していた「戸別所得補償制度」に引き継がれることになった。
 
食料安保確立基礎支払いと食料安全保障推進法(仮称)
 
そして筆者は、スイスの農業政策体系に着目した。食料安全保障のための土台部分になる「供給補償支払い」の充実(農家への直接支払いの1/3を基礎支払いに集約)と、それを補完する直接支払い(景観、環境、生物多様性への配慮などのレベルに応じた加算) の組み合わせだ。
それを基にして、「食料安全保障確立基礎支払い」として、普段から、耕種作物には農地10a当たり、畜産には家畜単位当たりの「基礎支払い」を行うことを提案した。
その上に多面的機能支払いなどを加算するとともに、生産費上昇や価格低下による赤字幅に応じた加算メカニズムを組み込む。
かつ、食料需給調整の最終調整弁は政府の役割とし、下限価格を下回った場合には、穀物や乳製品の政府買い入れを発動し、備蓄積み増しや国内外の人道支援物資として活用する仕組みを整備することも加えた。
こうしてこれらをまとめた超党派の議員立法「食料安全保障推進法」(仮称)の可能性を提起した。
農家だけを助ける直接支払いではなく、消費者も助け、国民全体の食料安全保障のための支払いであることを理解しやすくする意味で「食料安全保障確立基礎支払い」というネーミングも重要と考えた。
筆者が理事長を務める食料安全保障推進財団も活用し、各方面に働きかけてきた。
 
超党派で政策実現の機運
 
全国各地での月20回前後の講演に加え、ほぼ全ての政党から勉強会の要請があったので、各党で話をさせていただいた。国民民主党の勉強会では、この考え方を取り入れて政策を組み立てたいとの賛同をいただいた。自民党(積極財政議員連盟)、立憲民主党、共産党、れいわ新選組、日本維新の会、社民党、参政党など、ほぼ全ての政党から基本的な方向性に強い賛同をいただいたと理解している。
こうしたなかで超党派の協同組合振興研究議員連盟がこれに着目してくれた。
事務局長の小山展弘議員(立憲民主党)を中心に内閣法制局とも打ち合わせを重ね、自民党の積極財政議員連盟の支柱である城内実議員(現・経済安全保障大臣)も賛同してくれ、議員連盟会長の森山裕議員(現・党幹事長)にも話をさせていただいた。
 
以上からわかるように、農業・農村を守る政策の方向性は与野党を問わず収斂してきている。
2009年に石破大臣が発表した農政プラン、戸別所得補償制度、食料安保確立基礎支払いの基本概念には共通項がある。
与野党が拮抗する政治情勢下で、こうした政策を超党派の国民運動で実現できる機運が高まっていると思われる。期待したい。
 

代表世話人 
佐野 慶子 元静岡市議会議員
鈴木 宣弘 東京大学名誉教授
中村 住代 長崎代表世話人、元長崎市議会議員
西澤 清 東京代表世話人、元日教組副委員長
羽場久美子 青山学院大学名誉教授
原田 章弘 神奈川代表世話人、元横須賀市議会議員

新年のごあいさつ 代表世話人 羽場久美子(青山学院大学名誉教授)、他一同   月刊 『日本の進路』

月刊 『日本の進路』 387 388 号 (2025年1月号) 
https://x.gd/kJqYb
新年のごあいさつ
  代表世話人 羽場久美子(青山学院大学名誉教授)、他一同
 
あけましておめでとうございます。
昨年の総会で代表世話人に新たに鈴木宣弘先生と共に選出いただき、大変光栄であると同時に、錚々たる皆さまのご活躍の前に、不十分さと責任を痛感しております。
この間、ロシアのウクライナ侵攻やイスラエルのガザ侵攻などで、マスコミから私は呼ばれなくなってしまいましたが、逆に全国から講演依頼が増え、この2年で国内、国外を含めて200地域に及んだと思います。
中国、韓国からもこの間何度も招聘を受けました。
そうした中で、広範な国民連合の皆さま方のそれぞれの地域での実践的で素晴らしい活動に多くを学ばせていただきました。
皆さんの活躍の重要性を痛感して今日に至ります。 昨年暮れの2日間にわたる第26回全国総会で、皆さま方の討論から本当に多くを学ばせていただきました。
山崎先生、鳩山先生からは中国、東アジアとの共同の重要性とアメリカからの自立の必要性を、孫崎先生や沖縄の方々からは地位協定改定の緊急性を、高野さんからはオリーブの木のような連合政権の提起を、菅野さんからは農業・食の重要性、原発災害の脅威、農業と食こそが国防の基礎にあるのだということ、そして長崎や青年団など多くの方々からSNSの危険性と重要性、長崎からは被団協のノーベル平和賞受賞による核廃絶の重要性、さらに若者・女性を包摂した運動の重要性、国際社会との連携や市民との平和運動の重要性を指摘していただきました。
その中から、現在の世界変動の中で、国際政治学者として最も重要だと思う柱の一つに、中国をはじめとする東アジアとの地域協力、東アジア共同体の構築の課題があるので、それらを踏まえて何点か述べさせていただきます。
第1は、現在世界は戦争か平和かという大変動期にあり、日本もその渦中にあるということです。
そこで何をなすべきか。世界中が戦争の動乱の中にあり、だからこそ日本だけが平穏であり続けることは不可能です。 ロシア・ウクライナ戦争やイスラエル・ガザ戦争が続く中、世界の戦争を止めること、即時停戦と平和を要求することが、東アジアの戦争を避ける、台湾海峡の戦争・日中戦争を避けるため、日中不再戦のために緊急不可欠であるということです。
そのために日本の最前線でミサイルを中国に向けて配備強行が進む沖縄、そこを全国の市民と自治体が支えて平和と繁栄の街にしていくこと、日本各地に配備されているミサイルと基地司令塔や米軍基地の拡大ないし置き換えに反対し、一人一人皆さんの地域から平和をつくっていくことが、今後の最大の目標になります。
 
沖縄を平和のハブに!東アジアの国連を沖縄、広島、長崎に!日本がG7とではなく、中国や韓国・グローバルサウスの国々と結び、世界の、東アジアの平和のセンターになる!という目標を第1に掲げたいと思います。
 
第2は、私たちの生活を守り、発展させ、21世紀のAI時代にふさわしい基盤をつくるということです。この課題は大変に多く、重く、かつ重要です。
シングルマザー、子供の貧困、低賃金と非正規雇用の蔓延、障害者や高齢者などの介護、社会保障の確立など、全国総会でも多く、一人一人が切々と言われたテーマですが、 本気で対応していかねばならない心が痛む課題であると思います。
国民生活の危機打開へ、共同した闘いを発展させましょう。
 
日本を世界の平和のブリッジに
 
広範な国民連合自身の課題につい夢のある具体的な提案もしたい。
まず、若者を呼び込むこと。
今回役員の半分を女性にしていただき、大変感謝しておりますし、今回の参加者の半数が女性です。
ただ若者はまだ少ない。
若者の仲間を増やすことを各県でそれぞれの目標にしてはどうでしょうか。
そのためにもSNSなどの活用です。
地域で若者によるSNS講座などを開いて、情報を広げていくやり方を若者から楽しく学ぶ、SNS講座をやる、などはどうでしょうか。
 
3番目はもう一度、世界との関係、世界の中の日本の経済社会の課題です。
この10年で、中国、韓国、台湾地域などが次々と日本を追い越すスピードで経済成長を遂げています。
今、世界は著しい勢いで成長しています。
日本は残念ながら、 データで見る限り大変な衰退です。
再浮上させなくてはなりません。
重要なのは、教育、福祉、賃金、食、SNS (より正確にはAI)、それから外国人労働者との共存、人権保障です。
その上で、戦後80年の展望に立ち、東アジアの平和と繁栄を、平和憲法のもとでつくり上げていく責任が、日本にあるのではないかと思います。
平和憲法がある限り日本は、先進国、米欧G7と、アジア・アフリカなどG20やグローバルサウスを結ぶ平和のブリッジになれます。
被団協のノーベル平和賞受賞をその契機にする。
北東アジア6カ国自治体連合に沖縄や山口、宮崎の各県が昨年オブザーバー参加し全国14県になりましたがこれを発展させる。
世界は大変動期です。
先進国も日本も、未来への芽もあちこちに見えます。
アメリカの軍拡主義と手を切り、新興国と戦争するのでなく、アジアの国々と結ぶことで、若者の未来、繁栄と平和を勝ち取ることができると確信します。
広範な国民連合が、中国、韓国、朝鮮民主主義人民共和国、 ASEANなど近隣国と結び、農業と食を守り、高齢者を守り、若者を育て、賃金を上げ、平和の旗手となって、市民の先頭に立って活躍する必要があります。
皆さまのますますのご活躍と幸せを心から願って、新年のあいさつとさせていただきます。
 
代表世話人
 
佐野 慶子 元静岡市議会議員
鈴木 宣弘 東京大学名誉教授
中村 住代 長崎代表世話人、元長崎市議会議員
西澤 清 東京代表世話人、元日教組副委員長
羽場久美子 青山学院大学名誉教授
原田 章弘 神奈川代表世話人、元横須賀市議会議員

再生産可能な農業所得確保ヘ 直接支払などを求め組織一丸となって運動展開する 北海道農民連盟委員長大久保明義

月刊 『日本の進路』 387 388 号 (2025年1月号)

再生産可能な農業所得確保ヘ
直接支払などを求め組織一丸となって運動展開する
                        北海道農民連盟委員長大久保明義
 
新年あけましておめでとうございます。
また、「広範な国民連合第話回全国総会」のご成功を心からお祝い申し上げます。
日頃より北海道農民連盟の活動に対しまして、ご支援・ご協力を賜り感謝申し上げます。
さて、近年の日本農業をめぐっては、安倍政権以降、経済効率優先や競争原理・貿易自由化の徹底を図る新自由主義に基づいた、農業を犠牲にする国際貿易交渉の推進のほか、生産現場の声を無視した農業・農協改革が次々と断行されました。
特に、圏内の主要な種を守る種子法の廃止や稲作経営の安定を図る水田活用の直接支払交付金の見直し、改正畜安法による生乳流通改革など制度・政策の改惑によって、家族経営など多様な農業者が存在する我が国の農業・農村に大きな影響を及ぼしてきました。
そうした中、世界情勢の不安定化で食料供給リスクが高まっていることを踏まえ、昨年の通常国会では、農政の憲法とされる「食料・農業・農村基本法」の改正案が提出されました。
法改正にあたっては、生産現場では圏内農業生産の増大を図る施策への転換が図られることに強く期待していました。
また、我々組織としても改正案への理解を深めるとともに、生産現場の声を踏まえた法改正となるよう農水省や与野党の国会議員に強く要請するなど運動を強化してきました。
しかし、これまで掲げてきた食料自給率目標が一度も達成されていないほか、国際貿易協定の進展や農業分野への競争力強化政策の推進による農家戸数の大幅な減少、生産基盤の弱体化などの課題を十分検証せずに、国民への食料の安定供給や食料自給率の向上など、食料安全保障としての本来の議論が欠如したまま、成立したことは誠に遺憾です。
また、基本法の一部改正案や食料供給困難事態対策法案などの国会審議においても、我々組織の要望を踏まえた立憲民主党などからの法案修正には一切応じず、与党などの賛成多数で可決するなど生産現場の想いとかけ離れた国会運営が行われてきました。
こうしたもとで行われた衆議院総選挙において、与党の議席数が過半数を下回る状況となりました。
これにより、これまで与党だけの一方的な国会運営が解消することが見込まれ、農林水産委員会においても野党が多数となったことで、対等な審議のもと生産現場に寄り添った政策の実現が求められています。
 
このため、本連盟としては、今後策定される次期食料・農業・農村基本計画などにあたって、農業予算の拡充とともに、農畜産物の生産維持・増大を基本とする政策の確立、再生産可能な農業所得を確保できる直接支払いなどを求め、組織一丸となって運動展開する所存です。
結びに、貴組織の益々の発展と活躍を心よりご祈念申し上げ、新年のメッセージと致します。

日本を変える!政治を変える 広範な連合を 全国事務局

月刊 『日本の進路』 387 388 号 (2025年1月号)

広範な国民連合 第26回 全国総会開催(11/30~12/1)
日本を変える!政治を変える 広範な連合を
                                         全国事務局
 
「自主・平和・民主のための広範な国民連合」は第26回全国総会を2024年11月30日と12月1日の両日、東京で開催した。
全国世話人と代議員、傍聴者およそ170人が全国から参加し、初日の「日本を変える!政治を変える!」大討論を踏まえ、二日間の真剣な討議で「戦争の危険と国民生活の危機打開」へ方針を定め、新しい全国世話人体制を確立した。
結成引年老迎えた広範な国民連合運動が新たなステージに立ちつつあることを確認できる総会となった。
ご来賓の方がたをはじめ広範な国民連合を献身的に支えてくださっている全国の仲間の皆さま方に改めてお礼申し上げ、概略を報告します。
 
求められる「持続可能で平和な自立の新しい国の力タチ」
 
総会は広範な国民連合結成の地であり、創成のために奮闘した故様枝元文初代代表世話人(総評議長・日教組委員長)の拠点であった日本教育会館で開催された。
開会あいさつで佐野慶子代表世話人は、「大討論」の開始に当たって次のように問題提起した。
世界は戦争の時代、東アジアでの戦争は何としても避けなくてはならない。中国などグローバルサウスが国際社会の前面に登場し、新しい国際秩序を創り出している。
自民党政権の対米従属政治、とりわけアベノミクスで貧富の格差は拡大し、国民の生活は疲弊しきっている。国民は危機的状況の打開を政治に求めている。
しかし、衆院選では野党各党も国民の求める展望は示さなかった。国民は、「持続可能で平和な自立の新しい国のカタチ」を求めている。
どう変えるか、どのように変えるか、刺激的な提起と弾けるような討論を期待する。
日中不再戦、「台湾有事を日本有事」にさせない山本正治事務局長が司会を務め「大討論」を開始、冒頭、山崎拓元自民党副総裁が来賓あいさつ。氏は「まもなく槌歳になりますが旧満州の大連で生まれ、その翌年1937年に底溝橋事件がありまして日中全面戦争が始まりました。
そういう運命的なこともあり、私は名だたる親中派をもって自認しており、私の最大の課題は『台湾有事在日本有事にさせないこと』だ」と切り出して大討論の一致点を「日中不再戦」で方向づけた。
二日間を通じて、「『日中戦争回避』この一点での政治家を含む幅広い共同が必要」は共通の認識になったと確認できる。
続けて鳩山由紀夫元総理が基調的な問題提起を行い、最後は「対米自立の政党形成」を呼びかけた(6ページに全文)。
さらに羽場久美子、孫崎亨、菅野孝志、高野孟の各氏が問題提起した。
また討論の冒頭、伊波洋一参議院議員、大椿裕子参議院議員、古市三久福島県議会議員、山内末子沖縄県議会議員、国連女性差別撤廃委員会に働きかけた沖縄の神谷めぐみさん、棚田一論日本青年団協議会事務局長もそれぞれの立場から発言した。
その後、午後5時半過ぎの閉会まで熱心な討論が繰り広げられた。在日華僑の凌星光福島県立大学名誉教授と、終了後の交涜懇親会に駆けつけた朝鮮総時国際局李泰栄さんからあいさつを受けた。
(報告集を1月中に発刊予定)
 
代表世話人に羽場久美子・鈴木宣弘両教授が
 
総会二日目は、冒頭、故人となった二人の代表世話人、角田義一(元参院副議長)と佐々木道博(京都府)両氏の貢献に感謝し、在りし臼をしのんで黙祷をささげた。
議長団は松尾ゆり(杉並区議)、森あやこ(福岡市議)、大谷篤史(農団労)の3氏が務めた。
まず、原田章弘代表世話人があいさつ、その後、全国事務局の川崎正が総会への「報告と提案」を行った。
続けて、地方組織のいくつかからの報告を受け午前中は終了した。
午後の討議は神奈川の山崎誠衆議院議員のエネルギー政策発言から始まり、北海道から沖縄までお人余が発言し熱心な討議が繰り広げられた。
川崎がまとめの発言を行い、補足も含めて一報告と提案」は満場の拍手で承認された。
その後、山本事務局長が代表世話人に羽場久美子青山学院大学名誉教授と鈴木宣弘東京大学名誉教授を推薦するなどの役員案を提案し、満場の拍手で確認された。
最後に新役員を代表して羽場新代表世話人が熱烈な新任あいさつを行
った。
中村住代代表世話人が閉会のあいさつし、二日間にわたった全国総会は無事成功裏に終了した。
 
まずは日米地位協定改定
 
総会ではまず、「めざすべき国家ビジョンをみんなでつくっていく」ととの重要さを多くの発言者が共通して指摘した。
そして「対米従属国家を自立の国に変える」点が強調された。
その上で自立の固に向かって当面、日米地位協定改定へ全国で動きをつくろうとの呼びかけが孫崎さんや沖縄、神奈川などから強く出された。
特に、地方議会意見書で政府に日米地位協定改定交渉を迫る動きは、石破首相の強い意向から見て実現を促す条件になるに違いない。

一般財団法人「食料安全保障推進財団」について

理事長 鈴木宣弘

令和7年の年頭に当たって

令和7年の年頭に当たって

国がやらないなら「国民の力で国民を守る」 必要があります。
 ① 「飢えるか、 植えるか」 運動
 ② 民間基金による食料・農業支援
 の推進に、さらに一歩踏み出しましょう。

残された時間は多くない

 日本の食料自給率は種や肥料の自給率の低さも考慮すると38%どころか最悪10%を切るとの試算もあります。
 海外からの物流が停止したら世界で最も餓死者が出るのが日本との試算もあります。
 国際情勢は、お金を出せばいつでも食料が輸入できる時代の終わりを告げています。
 かたや、日本の農家の平均年齢は68.7歳。 あと10年で日本の農業・農村の多くが崩壊しかねない深刻な事態に直面しています。

 しかも農家は生産コスト高による赤字に苦しみ、 廃業が加速しています。
 これでは不測の事態に子ども達の命は守れません。
 私達に残された時間は多くないのです。
 今こそ、食料自給率向上に向けた増産のための支援策を打ち出し、備蓄も増やし、輸入の小麦からコメのパンや麺への切り替え、 輸入とうもろこしに替わる飼料米などの振興も求められるはずが、 農水予算を減らすことしか頭にない財政当局は、

 ①農業予算が多すぎる、
 ② 飼料米補助をやめよ、
 ③ 備蓄米を減らせ、
 ④ 食料自給率を重視せず輸入せよと、呆れるほどの現状認識、危機認識の欠如を露呈させています。 

「飢えるか、 植えるか」 運動
こうした動きから子ども達の未来を守るには、 私達一人一人が行動を起こして、地域の種を守り、 生産から消費まで 「運命共同体」として地域循環的に農と食を支える「ローカル自給圏」の構築を全国各地で急がねばなりません。
1つの核は学校給食の安全・安心な地場産農産物の公共調達を進めることです。
農家と市民が一体化して耕作放棄地は皆で分担して耕そうではありませんか。 「飢えるか、 植えるか」 運動です。
 食料安全保障推進財団では、 このための情報共有、 意見交換、行動計画づくりのための財団主催セミナーと全国各地での後援セミナーをこれまで年間30~40カ所で実施し、 それをきっかけにした農業生産への住民参加や農家と市民とのネットワークづくりも各地で拡大してきています。
 それと同時に、国政では、
 ① 食料安全保障のベースになる農地10aあたりの基礎支払いを行い、 それを、
 ②コスト上昇や価格下落による経営の悪化を是正する支払いなどで補完し、 さらに、
 ③ 増産したコメや乳製品の政府買い上げを行い、 備蓄積み増しや国内外の援助などに回す、といった政策実現に向けて国民の総力を結集すべきときです。
 このための「食料安全保障推進法」 (仮称)を超党派の議員立法で成立させるための後押しも当財団が進めており、 現在、 協同組合振興議員連盟を中心に立法化の動きも進み始めています。 この動きも強力に後押ししていきましょう。


国がやらないなら私達がやる

 さらには、国がやらないなら、 「国民の力で国民を守る」必要があります。
 食料安全保障推進財団自身が民間基金を造成して、農家の赤字補填や新規就農支援事業に乗り出したいと考えております。
 そのためには、多くの個人や法人の皆様の協力により基金を造成しなければなりません。
 私達自身の力で、 全国各地で踏ん張っている農家の皆さんを支えて、消費者の皆さんに安全・安心な
食料を確保できる仕組みを構築しようではありませんか。
 すでに財団会員になられ、 また、ご寄附をいただいている皆さんに心より御礼を申し上げますとともに、さらに多くの個人・法人の皆様に、 財団会員になっていただき、ご支援、ご指導をいただければ、まことにありがたく、宜しくお願い申し上げます。
食料安全保障推進財団理事長 鈴木宣弘 
日本農業新聞
2024年11月26日
[今よみ]
農と食と命守る視点 東京大学特任教授・名誉教授・鈴木宣弘氏

国家観なき歳出削減 

 最近、財政当局の農業予算に対する考え方が次のように示された。
(1)農業予算が多すぎる

(2)飼料用米補助をやめよ
(3)低米価に耐えられる構造転換
(4)備蓄米を減らせ
(5)食料自給率を重視するな--。
 そこには、歳出削減しか念頭になく、現状認識、大局的見地の欠如が懸念される。

 1970年の段階で1兆円近くあり、防衛予算の2倍近くだった農水予算は、50年以上たった今も2兆円ほどで、国家予算比で12%近くから2%弱までに減らされてきた。
 10兆円規模に膨れ上がった防衛予算との格差は大きい。
◁    ▷
 軍事・食料・エネルギーが国家存立の3本柱ともいわれるが、中でも一番命に直結する安全保障(国防)の要は食料・農業だ。

 その予算が減らされ続け、かつ、世界的食料争奪戦の激化と国内農業の疲弊の深刻化の下で、まだ高水準だという認識は国家戦略の欠如だ。
 海外からの穀物輸入も不安視される中、水田を水田として維持して飼料用米も増産することが安全保障上も不可欠との方針で進めてきた飼料用米助成は、まさに国家戦略のはずだ。

 それを、2階に上げてはしごを外すように、金額が増えてきたから終了というだけの論理は破綻している。
 また、規模拡大とコスト削減は必要だが、日本の土地条件では限界があることを無視した議論は空論だ。日本にも100ヘクタールの稲作経営もあるが、水田が100カ所以上に分散し、規模拡大してもコストが下がらなくなる(稲作も20ヘクタール以上になると60キロ当たり生産費が上昇し始める)。
 中国は14億人の人口が1年半食べられるだけの食料備蓄に乗り出している。

 世界情勢悪化の中、1・5カ月分程度の米備蓄で、不測の事態に子どもたちの命を守れるわけがない。
 今こそ総力をあげて増産し備蓄も増やすのが不可欠なときに備蓄を減らせという話がなぜ出てくるのか。
◁    ▷
 「いつでもお金を出せば安く輸入できる」時代が終わった今こそ、国民の食料は国内でまかなう「国消国産」、食料自給率の向上が不可欠で、投入すべき安全保障コストの最優先課題のはずなのに、食料自給率向上に予算をかけるのは非効率だ、輸入すればよい、という論理は、現状認識力と国民の命を守る視点の欠如だ。
 そして、これらの考え方が25年ぶりに改定された食料・農業・農村基本法にも色濃く反映されていることが事態の深刻さを物語る。
全国農業新聞 2024年11月1(前篇)、8(中編),15(後編)日 【食農耕論】鈴木宣弘
 鈴木宣弘 東京大学特任教授・名誉教授 「食料・農業・農村基本計画」の論点(前・中・後篇)

 下記記載
農村と都市をむすぶ2024. 11【No.872】
 特集「農産物価格形成のあり方」
 特集 農産物価格形成のあり方 安藤光義
 特集 卵価形成の実態と課題  信岡誠治

農村と都市をむすぶ2024. 11【No.872】全
「農村と都市をむすぶ 2024年10月号」【時評】
何が起きているのか
酪農中止農家は「高齢・後継ぎなし」ではない?
◆農業協同組合新聞2024年10月10日
コラム 【鈴木宣弘:食料・農業問題 本質と裏側】
石破農水大臣による画期的な2009農政改革案 ~米国型の不足払い制度の導入
◆農業協同組合新聞 2024年7月12日
石破茂衆議院議員に聞く(1)(2) 「農業所得と自給率に国費を」

聞き手は谷口信和東大名誉教授。 
自主・平和・民主の日本を目指す月刊誌 日本の進路 2024年10月号(No385)
「コメ不足」「バター不足」を猛暑のせいにするな
農家を苦しめる政策が根本原因
問題の大本には米国からの度重なる圧力
東京大学大学院特任教授 鈴木 宣弘

◆日本農業新聞 2024年8月23日
飼料高騰への支援充実を 農相に要請
JAグループ福島と県畜産振興協会
◆NHK 2024年8月23日 4時58分
農林水産省 “早いところでは新米も”
冷静な対応を呼びかけ
各地のスーパーなどでコメが売り切れたり、購入点数を制限したりする動きが出ています。
農林水産省は、本格的に新米が出回る前の端境期で、もともと在庫が少ないところに、地震や台風に備えた買いだめの動きが出たことが拍車をかけた可能性もあるとして、消費者に冷静な対応を呼びかけています。

◆読売新聞
2024/08/23 13:46
コメの棚空っぽの異常事態、秋の新米で品薄解消しても価格は大幅上昇…猛暑で供給減・訪日客増で需要増
 コメが全国的に品薄となっている。昨年の猛暑で供給が減った一方、訪日客の回復で需要が増えたことなどが要因で、スーパーなどの店頭では商品が欠品したり、購入数量が制限されたりしている。2024年産米の出荷が本格化する9月下旬には品薄が解消する見通しだが、新米の価格は大幅に上昇している。(川口尚樹)

◆農業協同組合新聞
2024年8月20日
米保管義務は誤解 農水省の支援事業 需要に応じた判断で
主食用米を長期計画的に販売するために保管料を支援する「米穀周年供給・需要拡大支援事業」は今年度も公募が行われ、9事業体から23年産米5万tが申請されている。この事業で保管料支援を受けるためには最低限この10月までは保管しなければならない。そのため店頭に米が並ばない事態も起きる状況のなか、国が米の保管を義務づけるのか、との一部から批判の声も聞かれるが、農水省はこの事業について「10月まで保管せず販売しても、ペナルティーがあるわけではない。事業の目的は需要に合わせた販売。保管料支援はなくなるが計画的に販売してもらえばいい」と強調している。

全国農業新聞 2024年11月1日 【食農耕論】鈴木宣弘

鈴木宣弘 東京大学特任教授・名誉教授
「食料・農業・農村基本計画」の論点(前・中・後篇)

全国農業新聞食農耕論202411_8_15鈴木宣弘20250113校正PDF版ダウンロード

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鈴木宣弘 東京大学特任教授・名誉教授
1958年三重県生まれ。
東京大学農学部卒業後、農林水産省入省。
九州大学大学院教授を経て、2006年から東京大学大学院教授、24年4月から現職。
食料・農業・農村政策審議会委員などを歴任。
日本の食料安全保障問題の第一人者として食料危機への対応を訴え続ける。
『このままでは飢える!食料危機の処方箋』『国民は知らない「食料危機」と「財務省の不適切な関係』など著書多数 
全国農業新聞 2024年11月1日【食農耕論】
鈴木宣弘 東京大学特任教授・名誉教授


「食料・農業・農村基本計画」の論点(前篇)
 食料自給率とその関連指標の位置づけ 
生産要素や資材の確保状況は自給率に集約される構成要素

 
今何が求められているのか

全国の農村を回っていると、高齢化が進み、農業の後継ぎがいない、中心的な担い手も耕作を頼まれても引き受けきれなくなって、耕作放棄地が増えている深刻さを目の当たりにする。
農業従事者の平均年齢が68.7歳という衝撃的数字は、あと10年足したら、日本の農業の担い手極端に減少し、農業・農村が崩壊しかねない、ということを示しており、さらに、今、肥料、飼料、燃料などのコスト高を販売価格に転嫁できず、赤字に苦しみ、酪農・畜産を中心に廃業が後を絶たず、崩壊のスピードは加速している。
一方で、中国などの需要増加、異常気象の通常化、紛争リスクの高まりなどで、海外からの食料・生産資材の輸入が滞るリスクが高まっている。
「お金を出せばいつでも輸入できる時代ではなくなった」今、不測の事態に国民の命を守る食料は十分に供給できるのかが懸念される。
そういう中で、25年ぶりに食料・農業・農村の「憲法」たる基本法が改定されることになった。
基本法の見直しをやる意義とは、世界的な食料情勢の悪化と国内農業の疲弊を踏まえ、不測の事態にも国民の命を守れるように国内生産への支援を早急に強化し、国民が必要とし、消費する食料は、できるだけ国内で生産する(国消国産)ために、食料自給率を高める抜本的な政策を打ち出すためだ、と考えられる。
新基本法は食料安全保障の確保の必要性を掲げている点で評価されるが、それをどう達成するのかについての内容は不十分だ。
新基本法の原案には食料自給率という言葉がなく、「基本計画」の項目で「指標の一つ」と位置付け、食料自給率向上の抜本的な対策の強化などは言及されていなかった。
与党からの要請を受けて、「食料自給率向上」という文言を加えるという修正は行われたが、なぜ自給率向上が必要で、そのために抜本的な策を講じるという言及はなされていないのはそのままだ。
したがって、これから基本法に基づいて策定される5年間の基本計画で具体化が極めて重要になる。

 
連指標を勘案した総合自給率が提示されるべき

まず、食料自給率という指標の位置づけについても審議会関係者の中では、「食料安全保障を自給率という一つの指標で議論するのは、守るべき国益に対して十分な目配りがますますできなくなる可能性がある」とさえ指摘されていたという。
事務方は「自給率という『一本足打法』ではだめだ」と言う。
その根拠が、農地や労働力や肥料などの生産要素・資材の確保状況などが食料自給率とは別の指標として必要だと説明されている。
これは、食料自給率の意味が理解されていないことを意味する。
食料自給率は生産要素・資材と一体的な指標である。
なぜなら、生産要素・資材がなかったら、食料生産ができないから、食料自給率はゼロになる。
これは、今も、飼料の自給率が勘案されて38%という自給率が計算されていることからもわかる。
具体的には、ほぼ100%輸入に頼っている肥料を考慮すると実質自給率は22%、さらに、野菜だけでなくコメなどの種の自給率も10%に低下すると、実質自給率は最悪の場合9.2%という試算ができる。
つまり、生産要素の確保状況が問題なのはそのおりであるが、それを考慮すると実質自給率が低下する形で、それらは自給率と一体的な指標であり、すべてを勘案した総合・実質自給率を高めることが重要なのである。
だから、生産要素の国内での確保状況、その自給率が大切な指標であることは間違いないが、それと食料自給率という指は独立してあるわけでなく、飼料以外の生産要素も飼料と同様に勘案することで実質自給率が計算されるものであり、生産要素・資材の確保状況は自給率に集約される構成要素であることを理解してもらいたい。

 
予算と工程表の明治の必要性

戦後の米国の占領政策により米国の余剰農産物を受け入れて食料自給率を下げていくレールに乗せられた我が国は、これまでも基本計画で自給率目標を5年ごとに定めても、一度もその実現のための予算と工程表が示されたことがなかった。
今回、少なくとも年1回、自給率目標などの達成の進捗状況を公表することが基本法に追加されたのは一定の前進と評価されるが、ただ数値を確認するだけでなく、実現のための工程表と予算が基本計画に明示されることが不可欠だ。
全国農業新聞 2024年11月8日 【食農耕論】
鈴木宣弘 東京大学特任教授・名誉教授


「食料・農業・農村基本計画」の論点(中篇)
 食料自給率向上の具体策 
みなが潰れない政策を強化
現場を支え自給率高める基本計画に
食料安保を平時と有事に分ける意味があるのか?
有事立法は基本計画で軌道修正を

 
今の政策が十分だという認識は正しいのか

基本計画で、食料自給率目標とその関連指標の目標を定めた上で、予算工程表を示し、具体的な施策をどのように組み合わせるのか。
農水省の事務方は、農村の弊を改善し、自給率向上のための抜本的な強化は必要ないとの認識を示している。
すでに、畑作には内外価格差を埋めるゲタ政策がある。
コメにゲタがないのは関税が高いから内外価格差を埋める必要がないので、そういう政策はできないが、コメなどには収入変動 和のナラシ政策もある。
さらに収入保険もある。
中山間地・多面的機能直接支払などが行われている。
だから十分だ、新たなは必要ないと。
 
しかし、では、それでも農業の疲弊が加速しているのはどう説明するのか。
政策が不十分だから農業危機に陥っているのは明白ではないか。
農業就業人口がこれから試る、つまり、農家が慣れていくから、一部の企業などに任せていくしかないような、そもそもの前提が根本的に間違っている。
みなが慣れないように支える政策を強化することが不可欠で、そうすれば事態は変えられるのに、それを放棄しである。
 
そもそも、ナラシも収入保険も過去の価格・売上の平均より減った分の一部を補てんするだけなので、農家にとって必要な所得水準が確保されるセーフティネットではないし、コスト上昇は考慮されないから今回のようなコスト高には役に立たない。
中山間地多面的機能支払いも、よい仕組みだが、集団活動への支支援が主で個別経営の所得補てん機能は十分ではないとの指摘が多く聞かれる。

 
相変わらずの「規模拡大、輸出、スマート農業だけでよいのか

コスト高に苦しむ農家の所得を支える仕組みは現状で十分かのように説明され、抜本的対策は全く提案されないまま、相変わらずの「規模拡大によるコストダウン、輸出拡大、スマート農業」が連呼され、さらに加えて、海外農業生産投資企業の農業参入条件の緩和が進められるといった方向性が新基本法と関連政策で示された。
基本計画もそうした方向での具体的な施策だけになったら、企業利益につながっても、どれだけ農家の利につながるのか。
輸出の前に脆弱化する国内供給をどうするかが先だということが当然であるし、仮に、輸出が伸ばせても、農家の手取が増えて、所得が増えるわけではない。
多くは輸出に関わる企業の利益である。
また、スマート農業が現場で農家に有効に活用できる範囲は多くはないというのが現場の農家の実感と聞く。
これも、関連企業への税制や金利の優遇で、企業支援の要素が強い。
さらに、これまで半分未満でないと認めなかった農業法人における農外資本の比率を3分の2未満に引き上げて、農外資本の農業参入を緩和する。
本当に農村現場を見ているとは思えない。
規模拡大によるコストダウンも追求すべきだが、我が国の土地条件の界を知らないと机上の空論だ。
まずは、コスト高で疲弊が強まる農村現場を支え、早急に食料自給率を高める政策の提示が基本計画に盛り込まれるべきではないか。
 

有事だけ強制的な増で対応できるのか

さらに懸念されるのは有事に備えた対応。
「平時」と「有事」の食料安全保障という分け方が強調されるが、「不測の事態でも国民の食料が確保できるように普段から食料自給率を維持することが食料安全保障」と考えると、分ける意味はあるのだろうか。
今苦しむ農家を支える政策は提示されないまま、平時は輸入先との関係強化と海外での日本向け生産への投資に努めることが強調されている(基本法21条)。
それが必要でないとは言わないが、いくら関係強化や海外生産にしても不の事態にはまず自国民が優先だからあてにはならないし、物流が止まれ生産しても運んでれない。
一方で、有事になった慌ててカロリーを摂りやすいイモなどへの作目転換、増産・供出を、罰金でして強制するという「有事立法」は作った。
平時は輸入に頼り、国内生産を支援せずに有事だけ罰金で脅して強制増産させるなど、できるわけも、やっていいわけもない。
農家支援を強化して自給率を高め、備蓄もしておけば済む話だ。
このような罰金を伴う強制的な作物転換と増産命今の方向性については、基本計画での軌道修正を期待したい。
全国農業新聞 2024年11月15日 【食農耕論】
鈴木宣弘 東京大学特任教授・名誉教授


「食料・農業・農村基本計画」の論点(後篇)
 多様な農業経営体の位置づけ 
担い手に集中では地域を支えられない
直接支払いの強化と出口対策 
農家への直接支払いは消費者の支援策

 
農村コミュニティーの崩壊が前提?

「担い手」の位置づけは、基本計画の重要な要素である。
今回の基本法改定の過程において、農村における多様な農業経営体の位づけが後退しているとの指摘が多くなされてきた。
最終的には、多様な農業者に配慮する文言は追加されたが、条文を見るとわかるように、26条の1項で、効率的かつ安定的な農業経営に対しては「施策を講じる」としている一方で、2項で、多様な農業者については「配慮する」としていることから、施策の対象は効率的かつ安定的な経営で、その他は施策の対象ではない、と位置づけていることがわかる。
基本的な方向性は、長期的・総合的な持続性ではなく、狭い意味での目先の金銭的効率性を重視していることが懸念される。
農家からの懸念に、ある官僚は「潰れる農家は潰れたほうがよい」と答えたと聞いた。
基本法に自給率向上を書きたくなかった理由には、「自給率向上を目標に掲げると非効率な経営まで残ってしまい、予算を浪費する」という視点もあったと思われる。
今、農村現場は一部の担い手への集中だけでは地域が支えられないことがわかってきている。
定年帰農、兼業農家、半農半Ⅹ、有機・自然栽培をめざす若者、耕作放棄地を借りて農業に関わろうとする消費者グループなど、多様な担い手がいて、水路や畔道の管理の分担も含め、地域コミュニティーが機能し、資源環境を守り、生産量も維持されることが求められている。
短絡的な目先の効率性には落とし穴があることを忘れてはならない。
このことが基本計画に反映されることが不可欠であろう。

 
価格転嫁対策の実効性と直接支払いの重要性

基本計画の中で、価格転嫁策はどう組み込まれるのか。
基本法改定にあたって、一つの目玉政策とされたのが、コスト上昇を流通段階でスライドして上乗せしていくのを政府誘導する制度であったが、参考にしたフランスでもエガリムⅡ法の実効性には疑問も呈されているし、小売り主導の強い日本ではなおさらであることは当初から明白であった。
まず、農家の生産コストに見合う支払い額が支払われていない事態を解消しなくてはならない。
価格転嫁ができていないのは確かに是正したいが、あまり価格が上がったら消費者も苦しい。
だからこそ、政策の役割がある。
生産者に直接支払いをすることで所得を補てんし、それによって消費者は安く買える。
農家への直接支払いは消費者支援策でもあるのだ。

 
国民の命を守るのが「国防」なら農業・農村を守ることこそが国防

もう一つのポイントは生産調整の限界への対応だ。
「コメ不足」「バター不足」でも明白なとおり、生産調整で農家を振り回して疲弊させてしまうのでなく、出口・需要を創るために財政出動する、需要創出に財政出動を、つまり、生産調整から販売調整に切り替える必要がある。
それによって、水田を水田としてフル活用しておけば、不測の事態の安全保障になる。
そんな金がどこにあると財務省が言えばおしまいになるが、これこそよく考えてほしい。
米国の在庫処分といわれるトマホークを買うのに43兆円も使うお金があるというなら、まず命を守る食料をしっかりと国内で確保するために、仮に何兆円使ってでもそのほうが安全保障の一丁目一番地だ。
こういう議論をきちんとやらなくてはいけない。
備蓄費用は安全保障のコストだと認識すべきだ。
欧米は「価格支持+直接支払い」を堅持しているのに、日本だけがどちらも手薄だ。
欧米並みの直接支払いによる所得補てん策と備蓄や国内外援助も含めた政府買い上げによる需要創出政策を早急に導入すべきであろう。
本来、関連法の一番追加されるべきは、現在、農村現場で苦闘している農業の多様な担い手を支えて自給率向上を実現するための直接支払いなどの拡充を図る法案ではないか。
生産コスト高に対応した総合政策がないから農家の廃業が止まらないという政策の欠陥を直視すべきだ。
その柱は、
⓵ 農地が維持されることによる安全保障や多面的機能の発揮への基礎支払い。
⓶ 経営が継続できる所得が維持できるための直接支払い。
⓷ 政府買い入れによる備蓄と国内外援助で、需給の最終調整弁を国が持つこと ――などであろう。
10アール当たり3万円の農地維持基礎支払い、標準的な生産費と標準的な販売額との格差を不足払いする制度の一環として、10アール 当たり3万円の稲作赤字補てん、1頭当たり10万円の酪農赤字補てん、さらに、60キロ当たり1.2万円で500万トンの備蓄・国内外援助用の米買い上げ、これらを足しても2・7兆円、これだけの予算拡充で農業・農村は大きく「復活」し、日本の地域経済に好循環が生まれる。
現状の農水予算2兆円に約3兆円加えても5兆円だ。
もともと、農水予算(物価を考慮した実質額)は5兆円以上あった。
以前に戻すだけだ。

いざというときに国民の命を守るのを「国防」というなら、食料・農業・農村を守ることこそが一番の国防だ。
今こそ、林水産省予算の枠を超えて、安全保障予算という大枠で捉え、国民の食料農業・農村を守るために抜本的な政策と予算が不可欠である。
基本計画がそこに踏み込むものであってほしい。

対談 鈴木 宣弘 東京大学教授と加藤 好一 生活クラブ事業連合顧問

すでに日本は「食料危機」に突入している

生活クラブ オリジナルレポート WEBオリジナルレポート

掲載日:2022年8月10日

対談(上) 東京大学大学院教授 鈴木宣弘さん
       生活クラブ連合会 加藤好一顧問

新型コロナ禍とロシアのウクライナへの軍事侵攻の影響で原油をはじめとするエネルギー価格が高騰、主要穀物の輸入が滞ったことで食料品の値上げが続いています。とはいえ小売店の店頭から食品が消えるわけではなく、日本の食料確保が足元から揺らいでいるという意識を持ちにくいのは無理もない話かもしれません。でも、本当に日本の「食」は大丈夫なのでしょうか。その実状と課題解決の道筋を東京大学大学院教授の鈴木宣弘さんと生活クラブ連合会の加藤好一顧問に聞いてみました。
(この企画は2回に分けて掲載します)


「現状況」で農業振興予算を切る不可解な政治

鈴木 現在の日本は「食料危機が迫っている」のではなく、もはや「食料危機が来てしまった」と認識しなければならない事態に突入したと私は思っています。今年2月24日にロシアがウクライナに軍事侵攻する以前から、中国の世界からの食料買い占めである「爆買い」が顕在化してきており、日本は思うように食料調達ができない「買い負け」状態に置かれていました。

 中国の大豆輸入量は1億300万トン。対して国内で消費する大豆のほぼ全量を輸入に頼っている日本は300万トンしか調達できていません。さらに中国がもう少し輸入を増やすとなったら、あっという間に日本向けの大豆は届かなくなる可能性がより現実味を増し、「そもそも日本と中国では購買力が桁違い。競り合って買い負けているのではなく、勝負にならない」と元全農職員が嘆くほどです。

 大豆だけではなく、今後、中国の輸入量が少しでも増えれば、小麦もトウモロコシも日本には入ってこなくなるでしょう。「日本向けは量が少ない。ビジネスにならない」とコンテナ船も日本を敬遠し始めています。要するにビジネスの対象から外されつつあるわけです。中国ばかりではありません。新興国がより強い資金力を行使できるようになり、大量の穀物を輸入するようになってきました。「お金さえ出せば買える」という経済安全保障はとっくに破綻していると私たちは肝に銘じなければならないのです。

 新型コロナ禍の次に何か起きたら、日本の食料確保はとてつもなく困難な局面を迎えると私はずっと懸念していました。それがウクライナ紛争でさらに高騰し、今年3月8日には小麦の国際相場が2008年の世界食料危機の水準をすでに超えてしまいました。そんな深刻な状況に置かれているにもかかわらず、「食料自給率」という言葉が依然として国会では出てきません。しかも新型コロナ禍の影響でコメや牛乳が余っているとして、政府は生産者に減産を強いようとしているのですから「飽食ぼけ」もいいところです。

これまで政府は「コメは作るな、ただし飼料用米や小麦、大豆、ソバや牧草などを作付けするなら支援する」としてきましたが、その予算を今年度から切ると断言しました。まさに食料危機の渦中にあるというのに、あまりにも信じがたいお粗末な対応ではありませんか。本来なら何とか食料自給率を一気に上げるための予算措置を講じなければならず、いかにすれば国民の生命を飢えから守るかを根本的に議論する必要があるはずです。ところが、政府はさらに農業を潰しにかかるような予算切りを始めています。

まさに象徴的だと思ったのは関東の酪農家に乳牛の殺処分を求めるために政府が配布したチラシです。「1頭処分すれば5万円払う」と明記されているのを私はインターネットで確認しました。これから何が起こるか分からないときに目先の在庫が増えたという理由で、大切な生産資源を失ってどうするのかと言いたい。政府がちゃんと在庫を買い取ればいいだけの話ですよ。なのに牛を殺せと酪農家に迫るとは本末転倒というしかありません。コメも同じです。主食米の消費量が減っているのは事実です。ならば飼料用米を作付けすることで水田の機能を保持していくのが、食料安全保障上も実に重要なわけですが、すでに目標の70万トンに達したので飼料用米の作付けを奨励する予算措置まで政府は節操なく打ち切ろうとしているとしています。

加藤 いま70万トンという数字が出ましたが、内訳を子細に見てみると、義務付けられた最低輸入量を満たすミニマムアクセス米などを含めた飼料用米として給餌されるコメの総量で、国産のものばかりではありません。この見なし方自体が生産農家はもちろんのこと、私たちとしても不満が残るものです。予算が無くなったと財務省などはいいますが、実際はものすごく限定的で制約があるのがいまの交付金の仕組みです。交付金額の<最大値10アール当たり10万5000円>をはじめ複数の制度設計がなされていますが、特に問題なのはそれがいつなくなってしまうのかわからないことで、これでは「来年もがんばるぞ」という元気が出てきません。

この間、盛んに「コメ余り」が伝えられていますが、余っているのではなく上手に活用できていないというのが実際のところでしょう。かねてから鈴木さんが主張されているような海外支援策も含め、それをやったら「日本は大したものだ」と評される策を講じるのが政府の責務なはず。いまの日本政府には食料危機(⇔食料の安全保障)の認識がまるでありません。

 とにかく水田を活用し続けることが求められているのです。それが地域や実際の担い手の現状を踏まえた、真に日本の農業に求められている対応だと思います。水田農業は日本農業と地域経済の根幹にあり、生産者も高齢化して、担い手の問題が深刻になっているなか、飼料用米は新しい設備投資や農業技術が基本的にはいらないという特徴(優位性)を持つ作物です。だからこそ、これを「転作」ではなく、国産飼料用作物として「本作化(目的化)」し、関連する法制度や流通の仕組みなども整えながら、元気よくやっていけるような流れをつくれればと思っています。ここを消費者も理解し、生産者を励まし支える必要があります。

危機乗り越えるカギはコメ守る「稲作」に

鈴木 今回のように「有事」で食料輸入が困難になった際、水田を活用した飼料用米の栽培ができていれば、それを人が食べることも可能でしょう。やはり安全保障上のコメをしっかり作れるようにしておくのが重要なのです。飼料用米の作付けは一つの「防衛策」でもあります。水田は国防の役割も果たしていると考え、もっと水田の多面的機能に注目してほしいと思います。水田は洪水を防止し、地域を守ってくれています。それは豊かな自然環境の源でもある。だからコストをかけても維持しなければならないのに、切り捨てに走るのでは話になりません。

政府は同じことを北海道のテンサイでもやっています。もう作るな。補填に使っていた予算が上限にきたから終わりだというのです。砂糖は1人7キロ摂取できる体制を作っておかないと暴動が起こるとされていて、世界中が砂糖の生産をしっかり維持し、国家戦略物資として保護しています。それをお金が続かないからやめるとは開いた口がふさがりません。


加藤 テンサイ振興の予算はいつ切られてしまうのかと、以前から私たち生活クラブも危機感を持っていました。鈴木さんが言われたように、砂糖の位置付けは確かに軽んじられています。沖縄のサトウキビも極めて軽んじられていて、沖縄県民は基地問題にも怒っていますが、サトウキビを軽視する政府にも相当に怒っています。ここで少し話を戻しますが、いざという時に家畜用に作った飼料用米を人間が食べればいいという話は制度上そう簡単ではありません。そういう危機対応にはなっておらず、飼料用米を勝手に食べると手が後ろに回ってしまうのです。
生活クラブが飼料用米の栽培普及に動きはじめたとき、自民党の加藤紘一衆院議員(山形県)に予算確保の必要を繰り返しお願いしていた関係で、遊佐町でお会いしたときのことです。食べたら「違反になります」と申し上げたのですが、「どうしても食べる」と繰り返しおっしゃっていたのが印象に残っています。遊佐町の飼料用米は主食用品種で、他の飼料用米の多くがインディカ(長粒種)系です。だから食べても主食用米と比べて遜色ありません。飼料用米は収量が多い(多収)であることが重要で、適地適作を考慮しつつ、多収を追求する品種改良が必要不可欠なのです。この品種の考え方をどうするかもこれからの課題だと思います。

鈴木 なるほど。食べられるのに食べてはいけない法制度ですか。確かに法令順守は大事ですが、いざという時は有事対応の視点に立って解釈を変更すればいいのではないでしょうか。いかなる場合も平時の解釈でやろうとすること自体、思考が硬直している証でしょう。今年2月、自民党に「食料安全保障に関する検討委員会(食料安全保障会議)」ができても「食料自給」という言葉を怖くて言えないような雰囲気だと聞きました。食料自給を口にすると予算を付けなければならなくなるからだそうです。とにかく食料は買えばいい。貿易自由化を進めればたくさんのところから買える。食料危機というなら「貿易自由化を進めて調達先を増やせばいい」という硬直した思考が主流です。


主要穀物をはじめとする食料に加え、いまや化学肥料の原料も入手困難に陥っています。化学肥料の原料は100パーセント中国などからの輸入ですが、売ってくれなくなっていて、このままロシアとベラルーシからの輸入ができなくなれば「今年分の肥料は何とか供給できても、来年以降の予定は全然立たない」と農協関係者が言っているぐらいです。

加藤 肥料原料が手に入らなくなるとすれば、農水省が突然提起して先ごろ国会で決定された「みどりの食料システム戦略」(以下、みどり戦略)、特に有機減農薬の方向性、たとえば2050年までに、化学肥料や農薬を削減し、日本の耕地面積の25パーセントを有機農業にするなどの選択をせざるを得なくなりますね。

鈴木 それしかないんですよ。江戸時代の農業みたいになるしかない。その循環型農業を見て、リービッヒというドイツの肥料学の大家が「こんなすごい国があるのか」と驚嘆しています。農水省のみどり戦略の担当者も「肥料原料はカリもリンも100パーセント輸入だからもたなくなる。だから、みどり戦略なんだ」と話していました。
もう一つ付け加えたいのが、みどり戦略が数値目標として提示している有機減農薬・無農薬農業に取り組む耕地面積ののうち100万ヘクタールが水田だということ。この点についても農水省の担当者が「ほとんど水田で考えています」と明言しています。

加藤 やはり大前提は水田を残すことであり、有畜や耕畜連携の可能性にかけるのが日本の未来を切り開く基軸になるとも思います。日本農業の未来は大規模化や輸出だという政府方針はやはり一面的で、そうなると化学肥料に頼る現実を突破できない好ましくない技術化やイノベーション(技術革新)に頼らざるを得なくなるだろうと思います。私は家族経営の農家が地域で知恵と技術を出し合い、「点から面へ」の連帯を通して有機農業の方向性を達成していく方向性を着実につくっていく、消費者もそれを支える。すでに危機のさなかにあって時間がないなかでも、それしかないと思っています。           
(次回に続く)
撮影/魚本勝之 取材構成/生活クラブ連合会・山田衛

「飽食」と「呆食」の時代は過ぎ去ったのだから

生活クラブ オリジナルレポート WEBオリジナルレポート

掲載日:2022年8月25日

対談(下) 東京大学大学院教授 鈴木宣弘さん
       生活クラブ連合会 加藤好一顧問

新型コロナ禍にウクライナ紛争、気候危機などさまざまな要因で日本の「食」が大きく揺らいでいます。いまはまだ小売店の店頭から食料品が消えることは幸いにもありませんが、はたして今後も大丈夫といえるでしょうか。その実状と課題解決の道筋について、前回に引き続き東京大学大学院教授の鈴木宣弘さんと生活クラブ連合会の加藤好一顧問の意見を聞きました。

米国の「顔色」を常に意識し、動けない政治家

――岸田政権は「経済安全保障」を掲げていますが、そこに食料確保のための「自給力向上」という視点が欠落していることが前回のお話でわかりました。本当に首をかしげざるを得ないことです。とにもかくにも貿易自由化を進めれば食料危機を乗り越えられるという政治は、日本の食料自給の要であるコメと水田まで切り捨てようとしているのは信じがたい話です。日本には良質なコメがある。なぜコメを媒介に諸外国との連帯を強化しようという見地に立った政治ができないのでしょうか。日本が食料危機に直面しているとき、より深刻な事態に見舞われている地域が世界には数多くあるという現実を看過してはならないと思います。

鈴木 そうですね。行き過ぎた貿易自由化が経済力に物を言わせた富裕国が他国の食料を奪うことに通じているとの視点が失われているのは実に気になります。かねてから私は再三再四、アジアモンスーン地域とのコメを介した連帯を提唱してきました。それが国際関係の安定に大きく貢献する道と信じるからです。一国だけの安全保障というよりはアジア全体で助け合う仕組みを日本が率先して用意していくことが今後もますます重要になってくると思います。

 これも何度も申し上げていることですが、コメが余っているというなら、政府が農業予算で買い上げて海外支援に回すなり、新型コロナ禍で生活が厳しくなっている国内の人たちに提供するといった機動的な対応をすべきなのです。

加藤 海外にコメを送るという選択もありますが、何より国際相場を高騰させないようにすることも重要になると思いますが、どうでしょうか。先生もご著書の「農業消滅」(平凡社新書)でそういう問題提起をなさっていますね。

鈴木 そのほうが確かに大きい効果が得られると思います。2008年の食料危機の際に日本が「コメを20万トン拠出する」と言っただけで、相場はガクンと下がりました。それほど日本のコメの力は強いということです。そのことは自民党の政治家も熟知しているはず。それでも彼らが動こうとしないのは米国の圧力が強いからです。コメの国際相場が低下すれば、世界市場における米国の利益が損なわれるという理由で、彼らは日本の「勝手」を許しません。これに手向かえば政治生命に関わるため、日本の政治家は動かないのではなく動けないのです。

「2030年に農業消滅」?その危機をどう乗り越えるか

加藤 米国の顔色をうかがわざるを得ない政治が日本農業を窮地に追い込んでいく流れと米国の食料戦略による世界支配については、「農業消滅」に具体的かつ詳細に書かれています。当初、タイトルから推察したのは、そのような暗く悲観的な内容ばかりなのかなと思いましたが、読ませていただいたら全然違うことがわかりました。とりわけ後半は日本農業を消滅させないための提言が数多く散りばめられているという印象です。その本の冒頭で鈴木さんは2021年2月7日に放送された「NHKスペシャル 2030 未来への分岐点(2)飽食の悪夢~水・食料クライシス~」を例に引き、番組は2050年に日本が飢餓に直面すると警告していたが、その15年前の2035年には日本の食料自給率は大幅に低下するという危機感を示されています。そこにウクライナ紛争という形で「有事」が拍車をかけました。

鈴木 本当にNHKは頑張ってくれたと思いますし、その示唆した内容は衝撃的なものでしたが、新型コロナウイルスの感染爆発で世界的に物流が麻痺(まひ)したため、種(たね)の輸入が滞ったことで野菜の種の90パーセントが外国で生産されていることが明らかになりました。生産国が輸出規制に踏み出したり、物流が停滞したりすれば、野菜は現状の8パーセントしか栽培できません。

 飼料用トウモロコシの輸入も激減し、その98パーセントは国産とされる鶏卵もヒナの100パーセント近くが輸入ですから、すぐ一巻の終わりじゃないかということです。そんな危機的なレベルが今回のウクライナ紛争で一段と高まってしまった。2035年どころか、いまの日本は薄氷の上にいると認識しなければなりません。これまで私の言葉を「まさか、そんなぁ」と聞いていた人も「どんどん言っている通りになるんだけど」と深刻に受け止めてくれるようになってきました。

加藤 国連の持続的な開発目標である「SDGs」の達成期限が2030年。この2030年を重視するのは環境問題の分野が多いわけですが、日本農業の問題という点では2030年に昭和一桁世代といわれている、戦後の日本農業を支えてきた生産者たちが、おそらく完全にリタイアしている時期になります。

鈴木 その意味でも農業消滅です。このままでは自然にそうなります。加藤さんのご指摘通り、あの本の後半部分では農業消滅の危機をどう乗り越えるかという点に力を注ぎました。種から始まって生産から消費までの繋がりを強固にし、だれもが不安なく口にできる食べ物を確保していくネットワークを構築できれば危機は回避できるのではないかと思うのです。それには生活クラブ生協が取り組んでいる「産地提携」のように、もっと消費者が生産に関わり、加工・流通事業者も含めた支え合いの強化が必要なのです。その核になるのは協同組合。生協と農協がしっかりと核になってネットワークを繋げる役割を果たしてもらいたいですね。

協同組合が中心となった「産地提携」の強化を

加藤 もう一つあります。SDGsの達成に向けてアプローチを続けていく際、農業に関していえば「フードマイル」と「バーチャル・ウォーター」などの視点を持つ必要があると思います。他国の食料を経済力でかすめ取る行為は水資源の収奪にも通じていることを忘れてはならないと思うのです。その一方で日本の国土は、輸入穀物をはじめとする人間の諸活動が発生させた「廃棄窒素」によって、窒素汚染が尋常ではないレベルに達しています。これは大問題ですね。だから食料は可能な限り自給していかなければならないとの考えから、生活クラブは産地提携を進めてきました。だれもが不安なく口にできる食料を手にするには、いわゆる「顔が見える関係」だけでは難しいでしょう。「顔が見える」ことにプラスして互いが対等互恵の関係にあることが重要ですよね。私は協同して事を成すという意味を込めた「提携」という言葉を重視し、そこに大手小売業との根本的な違いがあり、生活クラブが協同組合たるゆえんがあると考えています。

鈴木 そういう産地提携を協同組合が核となって各地で進めてもらいたいのです。その動きをバックアップするための根拠法となる「ローカルフード法」(仮称)を議員立法で提案する準備を国会議員の川田龍平さんが中心になって進めています。この法律を根拠法として政府予算を生み出し、学校給食に地元の食材を使うための補てんに振り向けることもできます。この法律に加えて農業予算を消費者支援に振り向ける米国型の制度も導入すれば、かなり状況は好転するのではないかと思っています。

加藤 地域への予算措置はモデル事業的なケースでは適用されているようですが、それ以外となるとなかなか難しいうえに常に「上から目線」で全国一律の画一的な運用で硬直していて、実に使い勝手が良くないのが実状ではないですか。

鈴木 そうです。柔軟性もなく、使い勝手が悪いわけです。どうしてそうなるのかを農水省に尋ねると「自分たちの責任じゃない。財務省だ」と言います。予算を付けてもらうために財務省に出向くと「抜け道があるようなものは認められない。きちんと縛りをかけろ」と簡単にはねられてしまうというのです。
まるでわざと使いにくくしているかのようです。そんな発想しかできない人間が法律の杓子定規な解釈だけ勉強して「あれは出来ません」「これも出来ません」と平然としているのであれば、構造そのものがもう腐っているというしかありません。前回、飼料用米振興のための予算措置や穀物栽培促進のための助成金の打ち切りについて触れましたが、トウモロコシや牧草などの家畜飼料の輸入が大幅に滞っているなかでの予算切りですから、時代錯誤もはなはだしいお粗末な対応です。

加藤 少し話は変わりますが、とにかく酪農家はとんでもない事態に陥っていて、コメと同様に牛乳も難儀な状況が続いていますね。地域によって温度差はありますが、乳牛を殺処分すれば1頭に対して5万円支給するという対応はもとより、輸入される牧草や穀物飼料にほぼ全面的に頼らざるを得ない千葉の酪農は大変どころの騒ぎじゃありません。まさに死活問題ですよ。

鈴木 千葉は本当に大変ですよね。そうしたなか、千葉県いすみ市には地元で生産した飼料用米を牛に与えている牧場があります。エサのほとんどがコメ。輸入飼料はほとんど無しで酪農を続けています。

加藤 私もJAいすみに講演に行ったことがあります。いまの低すぎる日本の食料自給を、それでも根本から支えているのはコメであり、コメが基幹食料であることを私は日ごろから強調しています。しかし、その位置付けが揺らいでいるのが大変気になります。やはり、コメの位置付けを再確認するとともに、飼料用米を「ついでに作っているもの」という位置からもっと積極的な位置に転換させなければならないと思っています。

鈴木 ヨーロッパでは主たる飼料は小麦。最も多く生産可能な穀物を有効に使うのが飼料ですよね。その意味でいうと日本は当然コメなんですよ。いま、コメを大事にしなくてどうするかと私は言いたい。あえて繰り返しますが、もはや食料危機に備えよという段階ではなく、すでに私たちは食料危機のただなかにいることを一人でも多くの人に気づいてもらいたいのです。これは脅しでも何でもありません。日本が経済力に物を言わせ、世界の食料を買い漁り、挙句に大量の食品ロスを生んだ「飽食」と「呆食」の時代は過ぎ去ったのです。加藤さん、今日はありがとうございました。

加藤 こちらこそありがとうございました。今後ともよろしくご指導ください。

撮影/魚本勝之 取材構成/生活クラブ連合会・山田衛


すずき・のぶひろ
1958年三重県生まれ。東京大学大学院農学生命研究科教授。専門は農業経済学。東京大学農学部を卒業後、農林水産省に入省。九州大学大学院教授を経て2006年から現職。主な著書に「食の戦争」(文春新書)、「悪夢の食卓」(KADOKAWA)、「農業消滅」(平凡社新書)、最新刊に「協同組合と農業経済」(東京大学出版会)がある。自身が漁業権を保有することでも知られている。

最新刊「協同組合と農業経済」(東京大学出版会)