◆歴史に学ぶ◆ 食料安全保障とは何か?




日本の食料安全保障、世界の食料安全保障

農林水産省 大臣官房 食料安全保障課 課長 末松広行


1.はじめに
  最近の世界の穀物価格の高騰などにより、食料安全保障問題がクローズアップされている。本稿では、世界の食料事情と、それに対してわが国が取るべき対応を国内の問題と海外の問題とに分けて、論ずることとしたい。
2.世界の食料事情
(1)最近の世界の穀物価格
  最近、食料安全保障の問題がよく語られるようになった原因は、なによりも世界の穀物価格が上昇しているからである。トウモロコシ、小麦、大豆といった主要な農産品の価格は、急騰という言葉がピッタリなように上昇し、少し遅れてコメの価格も上昇した(図1)。



(2)価格上昇の要因
  この価格上昇については、様々な要因が絡み合っていることは事実であるが、基本的には、需給と供給のそれぞれの状況が影響していると考えられる。
  農産物においても、需要が伸びると相対的に供給が不足し価格が上昇する。価格が上昇することにより、生産が刺激され、供給が再び伸びることなる。供給が相対的に増えると農産物は余り、価格が低下する。価格が低下すると生産が減少し、再び需要と均衡する。おおよそ、このような関係が成立するとされるが、最近の状況は需要が(思惑を含めて)供給に比べて大きくなっていると考えられているために、価格の上昇が起こっていると推測できる。
  農産物における、需要と供給に影響する基本的な要因は、需要側では、[1]人口、[2]所得、供給側では、[3]農地面積、[4]単収、と整理できる。これらに加えて、最近の新たな要因として、[5]バイオ燃料、[6]地球温暖化などが影響を与えている。

(3)途上国を中心とする人口増
  まず、人口の増加について見てみよう。食料の消費は、我々が食べることによって行われる。人口が増えると食料の消費は伸びるということになる。これまでの歴史においても、食料の生産が人口を規定してきたという面がある。
  ただし、最終的に人口は食料に規定されるが、十分な食料がなくとも人口増は進んでいくということに留意しなければならない。栄養不足人口が増えるという形での人口増であっても、食料消費圧力を強めることになる。一方、食料の供給が多くなれば必然的に人口が増えるというわけでもないようだ。
  現在、67億人の世界人口であるが、2050年には92億人になり、その大部分が途上国での増加と予測されている。当然ながら、その分だけ食料の消費が増えると予測されることとなる。

(4)所得増がさらに需要を増加させる
  人口が増えると食料消費が増えることは容易に理解できるが、これに追加して、所得の増加により、さらに食料の消費が伸びることとなる。
  所得が増加すると、穀物を中心とする食生活から肉類の消費が増える食生活へと変化していく。畜産物は、その生産に多量の穀物を使うため、畜産物の消費が伸びると、穀物の消費は数倍伸びることとなる。たとえば、1kgの生産に必要な穀物は鶏卵では3kg、鶏肉では4kg、豚肉では7kg、牛肉では11kgとなる。
  これまでの中国の人口の伸びと穀物消費の伸びをみると、人口が約1.5倍になる過程で穀物の消費は2倍になっている。これは、中国の食生活において畜産物の消費が伸びていることが影響している。今後も、所得が増加していくことにより、内陸部を中心に、あまり畜産物を消費してこなかった人々が畜産物の消費を増やすようになっていくと予測され、穀物の需要の増加は人口増加を上回ると考えられる。
  なお、食生活の変化はその国の宗教や文化に深くかかわっているため、単純に所得の増加と畜産物の消費の増加が一致するわけではない。インドにおいては、これまで所得が増えていく過程において、それほど畜産物の消費が伸びていないという特徴がある。 

(5)農地面積は増えていない
  需要の側は、人口増加と所得の増加による畜産物の消費増加により、いっそう増加していくことが予測される。これに対して、供給はどうなるであろうか。
  これまでの供給の推移をみてみると、着実に生産量は増えていることがわかる。現在までの人口増を支えて来たのであるから、ある意味で当然である。しかし、30年間に1%しか増えていない農地は、今後も急激に増加することは考えにくい(図2)。


 具体的に考えると、農地として今後活用できる土地は、現在、森林や草地であり、一定の自然や生物多様性が存在している。新たに農地にすることにより、これらのものが犠牲になることとなる。新たな農地を作り出す理論的な可能性は大いにあるが、現実には困難であるということ、環境問題などの新たな問題によるマイナスを考慮しなければならないということになる。

(6)単収は伸びてきたが今後は不安
  農地が広がらないなか、これまでの生産量増加は、単位面積あたりの収穫量の増加によってもたらされてきた。単収を増加させる手段は、たとえば灌漑施設の整備とか、肥料の投入とか、品種改良などがあり、これらに関して多大な努力が実を結び、現在の単収になっていると考えられる。
  この単収の伸びは、1960年代には1年間に3%の割合であったが、次第に伸び率が低下してきていて、最近は1年間に1.1%にとどまっている。当然ながら、効果が高いと思われることは積極的に実施してきたわけであり、伸びが鈍化することも止むを得ないものと考えられる。
  とすると、今後は、今までのような高い伸び率で単収が増加することも考え難い。

(7) バイオ燃料
  これまでは、食料を人間が食べるということを前提として見てきたが、最近は、食べない需要、バイオ燃料向け需要というものが生じている。
  バイオ燃料は、主にさとうきびやトウモロコシから生産されるバイオエタノール、菜種や大豆などの油糧作物から生産されるバイオディーゼルの2種類がある。バイオエタノールは、ガソリンの代替燃料として活用されていて、ガソリンの代わりに、またはガソリンに混ぜて使われる。バイオディーゼルは、ディーゼル燃料(軽油)の代替燃料として活用されていて、同じく軽油の代わりに、または軽油に混ぜて使われる。南北アメリカ大陸ではバイオエタノール、ヨーロッパではバイオディーゼルを中心として生産・利用されている。
  バイオ燃料という新たな需要が出てきたことは、食料の需給に大きな影響を与えることとなった。アメリカのトウモロコシについていえば、そのバイオ燃料用向けの量は急速に増大しつつあり、すでに輸出量と匹敵するほどになっている。

(8) 地球温暖化、砂漠化
  さらに、最近は地球温暖化問題や砂漠化の問題が食料供給に大きな影を投げかけている。地球温暖化については、様々な場面でそのマイナス効果が語られているが、農業についてはどう考えるべきであろうか。
  温暖化の進行に伴い、二つの状況変化が出てくる。一つは気温の上昇であり、もう一つは二酸化炭素の濃度上昇である。
  気温の上昇については、プラスの面とマイナスの面がある。一般的にいわれていることは、北半球など寒い地域では気温の上昇により農作物の栽培にプラスの効果が表れ、赤道周辺など熱い地域ではマイナスの効果が表れるということである。北半球の比較的緯度が高い地域に先進国が集中し、赤道近辺に開発途上国が多くあること、現在の農地の分布が陸地の多い緯度の低い地域に多くあることを考えれば、地球温暖化の影響は途上国を直撃し、相対的には農業生産を減少させると考えられる。さらに、今後の農業生産にとってはプラスの効果があるとされる地域においても、単純に生産が増えるとはいえない。たとえば、日本の北海道は、将来、現在よりも稲作についての適地になると予測されている。しかし、北海道には北海道に適した農業基盤の整備が行われており、気候の変化を前提とした新たな基盤整備をしない限り、単純に生産が増えるとはいえない。
  一方、二酸化炭素の濃度上昇は、単純には植物の生育にプラスに働く。光合成をする際に必要となる原料だからである。ただし、当然のことであるが、植物によってはプラスになるだけでなくマイナスになる場合{濃度上昇は、イネの成長促進と増収効果がある一方で、気孔開度の減少、蒸散の抑制に伴う群落温度の上昇を通じて、温暖化や高温地域で問題となる開花期不稔を激化させる可能性がある}もあるとされている。
  地球温暖化とも関連するが、現在進んでいる砂漠化や地下水位の低下も大きな脅威となっている。農作物を育てるためには水が必要であるが、地下水の汲み上げ過ぎにより地下水位が低下して、継続的な農業利用が困難になる例が出てきている。太古より徐々に蓄積された地下水を利用している地域は、いったん汲み上げて低下した地下水位の回復を図るために、何年もの時間が必要であると考えられる。

3.日本への影響と日本の対応
(1)今後の食料輸入のシナリオ
  以上のような状況を踏まえると、今後の世界の食料需給については、逼迫の傾向を強める可能性が強いと考えるべきであろう。当然、価格上昇による増産効果、天候要因による豊作などにより状況が好転することも考えられるが、政策を考えていく立場としては、逼迫傾向を前提としなければならない。
  このような状況で、わが国の食料の調達については、次の3つのパターンが考えられる。

[1]わが国の経済力が低下した場合は、経済力に勝る国々と食料の調達で競合し、十分な食料の調達ができず、わが国の食生活が変化してしまう可能性がある。
[2]わが国の経済力は維持しつつも輸入国の一部で輸出規制が実施され、わが国の欲する食料が調達できなくなり、[1]と同様わが国の食生活が変化してしまう可能性がある。
[3]わが国の経済力が維持され、さらに輸出規制などの問題もない場合は、わが国の食生活は維持できるが、途上国の栄養不足人口の増加が続いてしまう可能性がある。
  これまでは、世界の食料需給について逼迫するようなことはないという考え方が多かったし、もし逼迫しても経済力があれば必ず調達できるという考え方が多かったことから、わが国の食料安全保障についての真剣な議論がなかなか行われなかった。

(2)買い負け
  経済力のあるわが国は、欲しいものを買えないということは、なかったといってよいであろう。しかし、最近では、「買い負け」ということがいわれるようになってきた。とくに、世界中で需要が伸びてきている魚介類の買い付けに当たっては、新たな競争相手が出現していて、わが国も安閑としてはいられない状況にある。

(3)輸出規制などの動向
  経済力があれば、世界が不足基調になっても世界中から食料を買えるという考え方は、輸出国の輸出規制の前では、必ずしも当てはまらない場合があることに注目が集まりつつある。
  この2年の間に多くの国が農産物の輸出規制を実施した。わが国は、コメを自給していることや、主要な輸入先国であるアメリカやカナダ、オーストラリアが輸出禁止をしていないため、直接的な被害を被っているわけではないが、輸出が禁止されると「お金があっても買えない」という事態が起きていて、わが国がこれと無関係でいられる保証はない(図3)。


 輸出規制の問題には、農産物貿易が単純な経済原則だけで動いているわけでないことを思い知らされる。具体的にいえば、ある国において、輸出規制を実施するのは自国の国民の食料が不足しているときというのが通常想定できるものであるが、それだけでなく、自国の食料価格が高騰しているときに輸出規制を行い、食料価格の高騰を防ぐという目的で実施されることもあり得る。
  在庫水準が低くはなっているもののゼロではないような場合に、食料の輸出は外貨を稼げる経済的にはプラスの行動であるが、当然、国内価格も輸出価格に引きずられて高くなってしまう。国内の食料品価格を低く抑えるという政策を取ろうとする場合、外貨の獲得を犠牲にして国内の物価安定を優先することは、当然あり得る選択肢である。 

(4)栄養不足の人々がいるなかで
  世界の食料需給がタイトになっても、わが国の輸入する農産物に輸出規制がかからず、安定的に輸入される蓋然性も高い。しかし、そうした状況になっている場合、そのしわ寄せはわが国以外のどこかの国に、必ず及んでいることになる。
  わが国に限ったことではないが、先進国は一般的に飽食であり、食品の廃棄物も多い。一方で栄養不足に苦しんでいる人々がいるなか、食品廃棄物をたくさん発生させることは国際的な非難もまねきかねない。

(5)食料自給率の向上対策
  このような状況の下、わが国の食料安全保障を確保するためには、何よりも自国での食料供給力を高めることが大切である。不測の事態にあっても国民に安定的に食料を供給しようとすれば、自国内で生産できることが、もっとも安定的な手段となり得る。
  食料自給率の向上も、このような観点から考えられるべきである。不測の事態に、急に生産力を増すことは実際上は難しい。農業生産には、技術や人が必要なだけでなく、単純に種子も必要であるし、すぐに作付けできる状態にある農地も重要である。
  政府では、食料自給率の目標として、将来的には50%以上を目指すこととし、当面、平成27年までに45%にすることを食料・農業・農村基本計画に記している。
  この計画を着実に実行していくことが重要であるが、現下の社会経済状況のなかでは困難な点も多い。生産と消費の両面から、さらなる努力を進めていかなくてはならない。
  本年4月に策定した「新農政2008」においては、水田の活用について記している。わが国の食料安全保障を考える場合、連作障害もなく、日本人の食生活にあった水田を将来にわたって維持していくことがとても重要である。ご飯にするおコメで考えると、かつて一人1年間に120kg食べていたものが、現在は約60kgであり、現状の水田では生産過剰になることは避けられない。しかし、米粉用米であるとか飼料用米、バイオ燃料米としての活用ができれば、ご飯用のコメに悪影響を与えずに水田の有効活用が図れることとなる。
  米粉用米も飼料用米もその生産は技術的には可能であり、さらなる省力化、多収化が期待できる。しかし、課題はこのような努力をしても埋めることができない収入の問題である。わが国の農家の経営を維持して、日本の農地を守るための方策の検討が必要である。

4.世界(途上国)への影響と日本の貢献
(1)栄養不足人口の増加
  世界の食料需給がタイトになってきているなかで、世界の国々は次の4つに分類されると考える。[1]先進国の輸出国―食料の価格高騰でもっとも利益を得ている、[2]途上国の輸出国または食料自給を達成している国―食料需給がタイトになっているが国民には安定して食料を供給できる、[3]先進国の輸入国―食料の価格高騰で影響を受けているが、経済力によって辛うじて輸入して国民に食料を供給している、[4]途上国の輸入国―食料の価格高騰でもっとも影響を受け、栄養不足人口などが発生する。
  1996年に開催された世界食料サミットでは、栄養不足人口約8億人を2015年までに半減させるという目標を設定した。しかし、現実には毎年栄養不足人口が増えている。

(2)各地での暴動
  途上国を中心として、各地で食料をめぐる暴動が発生した(図4)。世界的な食料需給がタイトになり、価格が上昇していくなかで、途上国である輸入国は、食料価格の高騰に直面する。このような状況においては、食料の支援が効果的ではあるものの、根本的な解決策としては、食料生産力を強化することが大切である。

(3)アフリカ支援
  今後の世界の人口問題、貧困問題を考えた場合、人口が爆発的に増えると予測されているアフリカ地域をどうしていくかが重要である。
  世界で起きている暴動のうち、アフリカにおいて、コメに関する暴動が比較的に多発しているのは注目すべきことである。アフリカ、とくに西海岸諸国においては、コメを主食としている国が多く、稲作の技術支援が待たれている状況にある。
  先般、TICADWというアフリカ開発会議が開かれたが、その場においても、わが国の稲作支援についての表明は高い評価を得たと聞いている。品種については、乾燥に強いなどの特性をもつ「ネリカ米」という品種が開発されており、この普及が重要である。
  また、稲作の生産性を抜本的に拡充するためには、具体的な農業開発計画が必要であり、水系または国ごとに、具体的な水利や農地整備の計画を立てることが重要である。


5. 終わりに
  急騰した食料価格は、徐々に落ち着いていくことが期待される。しかし、もし食料価格が下がったとしても、食料危機のリスク要因は解消されていない。
  わが国は、わが国の食料安全保障について今まで以上に真剣に考えることが必要であるとともに、世界全体の食料安全保障を考え、行動することが必要となっている。これまで、わが国の食料生産を向上させ、農業従事者の苦労を軽減してきた技術は海外で活用され、貢献することが期待されている。

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開催案内

第4回(通算第11回)
飼料用米を活かす
日本型循環畜産推進交流集会


多収量日本一・畜産物ブランド日本一表彰式、飼料用米普及のためのシンポジウム2018
は2018年3月9日に開催します。

主催
一般社団法人 日本飼料用米振興協会
後援
農林水産省

開催会場
東京大学 弥生講堂(一条ホール)

開催日時
2018年3月9日(金)
 10;30 開館
 11:00 開会 〜16:45 閉会

案内パンフレット/参加申込書
案内書のページ GO
案内書パンフレットPDF ダウンロード
参加申込書のページ GO
参加申込書(PDF)のダウンロード
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参加申込書(Old Word)のダウンロード

参加申込専用アドレス
sympo20180309@j-fra.or.jp

お問い合わせ、ご意見は下記のメールアドレスにお願いします。

postmaster@j-fra.or.jp

開館 10:30
開会 11:00〜12:00
シンポジウム(第一部)
12:00〜13:00
展示・試食会、休憩
13:00〜14:10
多収日本一表彰式

畜産物ブランド日本一表彰式
14:10〜14:30
休憩(舞台転換
14:30〜16:30
シンポジウム(第二部)
16:30〜16:45
閉会の挨拶、お知らせ

17:30〜19:00
意見/情報交換懇親会
(希望者有料 3,500円)
会場:東京大学消費生活協同組合
              農学部食堂
建物:農学3号館 地下食堂

参考

今年度の飼料用米他州日本一表彰事業は、一般社団法人と農林水産省の共同開催で運営しています。
2017年5月1日〜6月30日の日程で、参加生産者の公募を行いました。

実績を2018年1月末までに集約し、2月中旬の審査委員会で受賞者を決定します。

今年度より農林水産省の助成事業で一般社団法人日本養豚協会が主催し、農林水産省が後援をします「畜産物ばうランド日本一表彰式」と共同で運営します。


参加募集は、今年(平成29年5月1日から
行います。